商標侵害

困ったもんです

ベジアイスを開発し、10年経つが、毎年のように商標侵害を受ける。大手会社、中堅会社、農家などいろいろ。昨日、高知県の会社が商標侵害が発覚し、動いている。規格外野菜をつかって、農業支援する。その一環で作ったのが「ベジアイス」。一年以上かけて、商標登録をし、時間をかけて取得した、思い入れも深い。たぶん知らなかったのだろうし、悪気はないんだろうが、なぜ、商標とか法令順守にかかわる点を軽視するのだろうか。不思議で仕方ない。ベジアイスの商標を使いたいのなら、正式に申し込んだらどうかと思う。大手企業も侵害あるし、今回はふるさと納税にも掲載されている。市町村は調べないのか。またふるさと納税のサイト運営者は管理しないのだろうか。またヤフーや楽天・・、こういう大手サイトにも普通に掲載している。今、コロナ下でいろいろあるが、商標侵害とは別の問題。やはりルールはルール。今のところ、警告はしたが、まだ対応の回答がない。どういう風に回答が返ってくるのか、答えは風に吹かれている。

人生で勝ってきた人

イライラが続く

コロナ関係もあり、イラついている。コロナのせいだけではないが、人生で勝ってきたひととの対応に疲れている。何をもって人生に勝ったのかという議論はあるが、ある程度の学歴・キャリアを持つ人に多く見られると思う。何が決定的にダメなのか。要は「答えを決めて話している」ことが相手にわかるということだ。自分の過去の経験や実績をひけらかすまではいかなくても、それを振りかざし、言うことを聞けという圧力。僕はそういうのは嫌だから、学閥にもつかない、僕はいつも無所属の位置づけを貫いている。人生に勝ってきた人は自信家が多く、それを人に押し付けがちだ。僕も自信家にみられるが実はそうではない。人への区別・差別が嫌いだからだ。僕は露天商をさせてもらってから、自分が変わったと思う。露天商の人たちと一緒にいると、世の中が見えるというか、そういう感覚になる。これは個人的感想だが、インテリと向き合うのは疲れる。人には区別・差別をしないというのが原理原則だから、多様でいい。ただ人生で勝ってきた人は人の心がわからないような気がする。僕は人生ずっと負けてきた。勝ちたいと思うが、勝とうと思ってたどり着かないけど。とにかく今、コロナよりそのストレスが大きい。ひとまずほっとこうと思う。今日のつぶやきである。

物思いにふける

散歩

コロナ戦争中なので、散歩しに行ってみた。いつでも行けるようなところは行かないから、いい機会だった。遠くから見ると、本通りも結構人がいた。宣言解除だから、自粛自粛というバカの一つ覚えにはならないだろう。第二波が来ると言われてるが、人々の動きは平時に向かっている。新しい生活様式に取り入れながら。補償も脆弱だから、生活のため仕事するだろう。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利…。憲法を学ぶいい機会かもしれない。9条だけではない。これからどうなるんでしょうか?いろんなことを思う今日この頃。

簡易製本

配本用

博士論文を脱稿してから、数か月たっているが、やはりコロナでいろんなことが遅れている。ようやく簡易製本をして、少しばかりの方に送るようにした。学位授与式もなくなり、終わりがこんな終わり方になったが、前向きに考えれば、ギリギリのところだったように思う。今なら審査会も延期、学会もないので、発表の機会も失われるなど、どう考えても前に進みようがない。1月末の審査、3月初旬の決定と考えると、ほんと最後の最後というところだったかもしれない。いずれにしても、コロナのおかげで、何かといろんなことができない。だから困っているが、そうは言ってられないから、少しずつペースを取り戻せないかと思うところだ。いずれにしても、まあひとまず感謝の意味を込めて、製本した。インターネットにも公開されるので、博士論文が読みたい方はプリントアウトをお勧めします。つたないものであるけれど。

私の日常

会計事務所にて

毎日、コロナコロナである。助成金、補助金、協力金・・・、そんな話ばかりである。緊急事態宣言と休業補償はセットと言われるが、その程度がやはり問題と思われるが、それでもないよりあった方がいい。不慣れな手続きは、事業者にはしんどいものだ。そのしわ寄せは我々にも来るわけだが、やはり簡素とはいいがたい。それぞれの理解度や準備の程度もあるので、やはり時間を要する。かとって、機械的にはいはいというように進むのではなく、伴奏して人の話も聞く。時間はやはりかかるものだ。日常でこなさないといけない作業も手を止める。急ぐ資金手当て。まったなしである。倒産というようにまだ目の前に(公表という意味で)あまり出ていないが、ばたっと表に出たときにどうなるのか。初動の失敗は否めない。それにしても、忙しいな・・・。

夢十夜論

構想の絵図

整理整頓してたら、文学をやってた頃の文献がでてきた。漱石の夢十夜の論文をコピーしたもの、一箱。何となく記憶はあるが、図書館にもよくこもっていたと思う。当時は先行研究のまとまった辞典のようなものを紹介され、それを手掛かりにした。漱石の中でも夢十夜を選んだのは、後々苦しめた【夢十夜自体は、小品ではあるが、漱石の総体とも言われる】から、こんなに読まざる得なかったが、メモ書きを見るとある程度、骨子にはなっている気がする。「新聞小説としての夢十夜」をどう向き合うのか。非生産の文学に生産性を求めたが故の苦しみであった。漱石に向き合うには今、必然のような気がする。

 

書斎を作る

本があふれる

結婚をしてから、実家にほっぽり投げてきた本をようやく移動した。箱にして30箱。これだけでも入りきらず、だいぶ処分した。恐ろしいことにまだ自分の家には同じくらいは本はあり、これをどうするのか、もう入らないし、ひとまず住まいに置いておくことにはなろうが、それにしても多い。写真は漱石の研究書。農業会計で博士を取得したが、やはり研究者をやるのなら、最後は文学をやりたい。ただもう少し自分の中で社会科学でやり残したことがあり、それをきちんと区切りをつけてからになると思う。それまではやはり封印。少しは文学研究書も読むが、やはり日常で研究した人にはかなわないだろう。だから楽しめばいい。漱石研究だけで300冊はある。コロナ時代、文学が与えるものは大きい気がする。書斎はなかなかいいものだ。ここで寝泊まりできるようになれば、さらにいいとは思うが・・・。

オンライン飲み会

不要不急の生活

コロナで生活にいろんな制限が課されている。また1か月、緊急事態宣言も延長をすると言う。僕も限界に近い。そろそろ「えいや!もうええわ!」って人も出てくるのではないかと思う。休業と補償もない中、生活もしていかないといけないわけだから背に腹は変えられないわけだ。いろんなことがまだまだ起きるとは思うが・・・・。さて、こういうコロナ時代にオンライン飲み会たるものが流行っていると聞く。僕もばかばかしいと思っていたが、やってみると結構面白い。会えないのは寂しいが、各々の家で、それぞれの食べたいもので飲みたいもので・・、終われば、ここは家。移動も必要ない。映像もわりかしいいもので、表情もよく見える。アフターコロナになっても、続くかも。外食は変わっていくのか、コミュニティも変わるのか。オンライン飲み会、一度はやってみたらどうだろうか?

片付け

論文の考え方

実家を整理していたら、こんな本が出てきた。大学に入ってからも論文の書き方など、何個か読んだ記憶がある。その際に古本屋で買ったのではないかと思う。買ったとは言え、読んだ形跡が全くない。どうも気になったので、読んでみた。高校生が学ぶにはレベルが高いような気がするが、論文とは何たるかとことがきちんと書かれている。論文設計の表を用いて、問いと答えを緻密に構成する手引きがなされている。ちょっと古い本だが、いい内容と思える。論文を書く身になって、やはりセルフチェックが必要である。いつもバックトゥザベーシックを忘れずという点で戒めなければならない。なんでもそうだ。いい機会になった。是非、一読を!

 

友の死

感情が整理できず・・・

大学院時代の仲間の急死、聞くところによると、死因はくも膜下出血のようだ。29歳のときに、大学院で知り合い、14年の付き合いになる。毎年のように旅行し、大阪で広島で全国いろんなところで一緒した。ビジネスも一緒にやったり、大学院の同窓ではかなり密な関係だった。歳は9歳上であったが、あまり年齢差も関係のない、気さくな男だった。あまりに急であるのと、想像もつかなかった。しかも2日前もテレビ電話をしていたし、そのときは元気そうだった。誰からも好かれる人間で、思い出はたくさんある。また僕の仲の良かった人がいなくなった。未だに信じられない、受け止めきれない。去年の旅行に一場面より。ありがとう!木原強!木原ちゃん、さすがに悲しいわ。