地域・社会

広島には魅力ない?

4年連続で人口の「転出超過」全国トップ

総務省が1月末に公表した2024年の人口移動報告で、47都道府県のうち「転出超過」が最も多かったのは広島県だった。その数は1万人を超え、4年連続で全国最多となった模様。住んでいて思うが、発展しているとは思えない。排他的な都市なので、外からの人は住みにくいだろう。若い人を考えてみる。政令指定市の割に大企業が少ないように思う。すなわち、就職の選択が少ない。次に交通アクセス。飛行機の利用は市内からかなり遠いので、移動の困難性。そしてテーマパークなどがないので、若い人の遊ぶ場所がないなど、あまりいい条件がない。カープはいるとしても、東京でも見れるとなると、住んでまでという話にはならないしと。まちづくりに真剣に広島県が取り組んできたと思えない。政治の失策が出ているように思う現実である。

 

移住過去最多

田園回帰?

1月10日の日本農業新聞の1面に「移住過去最多24県」というタイトルの記事が上がった。移住調査で過去5年で24県が最多といい、田園回帰の流れが続き、若者世代が移住へ向かっているようだ。田舎暮らしでネックなのは仕事の確保である。田舎で育った人間は死ぬまでこの場所で過ごせないのを知っている。それは生活を確保する仕事がないからである。もちろん仕事を立派にしている人もいるが、都会と比べて機会が少ないのは事実と思う。そんな点で「関係人口」という概念が近年、よく聞かれるが、実際はどうなのか。週末田舎暮らしなどのライフスタイルなどうまくそれが出来る人はいいが、人にはそれぞれ状況がある。都会の一極集中はあまり芳しいとは思わないが、田舎にもリスクを伴う。お金は都会よりかからないかもしればいが、それだけ稼げないという事実はB面にあるなと思うところである。

大学は不要なのか

もう受験もなくなるのか

僕は大学、大学院で今現在、4つの学位があって、学生の身分もたくさんさせてもらった。そして今は大学の教壇にも立っているが、現実的に「大学」って必要ある?と思いだした。偏差値にもよるところはあるが、Fランクと言われるところは高校の延長線上で、あまり進歩をしていると感じない。仮に私立大学で1年で学費が100万円だとすれば、4年で400万円。奨学金を借りるとすれば、将来の負債になる。その負債が人生の資産になればいいが、ほんとにそうだろうかと疑い深い。そもそも「学士」を持つ価値があまりにも下がってしまったのだ。「学士」を持つことで初任給は高く、より優位に社会人生活を送れるという方程式は今や崩壊している。そう考えると、大学に行く意味ある?と素朴な疑問である。社会人のリカレント教育が進むように、ほんとに必要であれば、そこから勉強をスタートさせた方がよりいいのではないか。今の大学にあまり魅力は感じないが、僕は研究もしているので、必要ではあるものの、自分の子どもが進学する頃にどういう見方になるだろうか。受験勉強はめんどくさい→安易な道の選択。そもそも大学行かなくていいよねってなるんだろうか。環境にもよるが・・・。

大学崩壊

大学の存在意義

少しは大学に関わっている者として、少し寂しい記事を読んだ。定員割れ、学力低下、頼みは留学生・・・。まあ現実。今、教えている学校はまさにそうかもしれない。僕自身が大学の教壇にそう魅力を感じていない。むしろ立ちたいのは高校の教壇である。何故ならば、高校が最後の教育を受ける場になるのではないか。そもそも大学に行く意味はあるのかと自問自答するからである。たくさん行った人間としては、自分の涵養を高めることにあって、自分自身の問題として受け止めてはいるが、僕の意識と周りの意識は異なるだろうし、出来れば苦労せず、大過なく過ごしたいと思う者が多いのだろう。苦労は買ってまでするものではないと思うが、それでも苦労するのだから、これも人生と思うのだが・・・。思うに大学と冠する以上は大学であってほしいと思う。それが実現しないのであれば、大学と名乗ることを辞めさせたらどうだろう?生き方はたくさんあるんだし。そう思うが、やはり悲しい記事かな。

期待感ある大学

シーンが変わる

大学が変わるのではないかと期待している。ZEN大学。大学の在り方が変わる気がする。グローバル社会で活躍するための素養やスキルを身に付けることができる、日本発の本格的なオンライン大学として来年開学する模様。N高やS高なども今や東大など難関大学へも進学する学生も排出している。僕が今の時代に生きていれば、きっとS高やN高に進学したいし、わくわくするところがある。教育コンテンツも興味深いし、可能性を感じる。そう、こういう前向きでないといけない。今や定員割れ、Fランク・・・、大学の意義は?と思うもの。自分のチャンスは自分でつかむんだよ。そう思いながら、ZEN大学に大きく期待!

広大について

僕の所感

職場に近いのもあって、広島大学はよく利用させていただいている。修士の2年間、東千田に通わせていただいて、一応卒業生ではあるが、この大学は嫌いである。なぜ嫌いかといえば、どうも東京大学にいるかのような錯覚が起きる。変な自信、プライドがあるので、謙虚さを感じない。広島大学育ちの人は感じないだろうが、外部にいた(いる)人はわかる。この話を外部から広島大学に進学した人に言うと、共感を呼ぶ。まあそんな所感である。しかし、悪いところばかりでもない。最近は外部に向けた開かれた大学へ進んでいる気がするし、何と言っても総合大学の強みがある。国立大学なので、あまり新しい書籍が少ない一方、逆もあって古いものはよくあるので、助かることもしばしば。一長一短である。最近はよくお世話になっているので、気持ち的には薄れてきた。まあ活用できるものは活用しようと。誤解を招くといけないので、個々がどうのこうのではない。学内で学生時代に会った人に印象は起因している。今は知らない。

 

兵庫県知事選

地上波の終焉

地上波をはじめ、オールドメディアの荒廃が加速している。明らかにこちらがフェイクにニュースとなり、メディアが選ぶ「正解」へ紐づけてきた今に「NO!」が言い渡された。東京都指示選挙からネット、SNSの活用とその情報ソースの重要度、見方が変わった。確かにすべてが正しいと言わないが、「いいこと」だけではなく「悪いこと」も発信して、有権者が判断する。明らかに地上波が足を引っ張っている。CMを打つ企業も今後は地上波に出稿すれば、企業イメージが下がるということにもなるかもしれない。今回、斎藤知事が圧勝、0打ちである。オールドメディアがほんとあり方を変えないと、見放される日は来るかもしれない。メディアの「正解」は、都合の悪いことを隠すのではなく、公正公平にさらに真実を伝えることだ。そこに欠如した答え、吹き溜まりが今回の選挙になった気がする。選挙のあり方も変わる。今回の旋風をどう受け止めるのか、さあ見ものである。

おめでとう!

2年連続の全国大会へ

評議員をやっている広島国際学院高校が今年もサッカー部が全国大会へ。見事、地方大会優勝!おめでとうございます!母校ではないが、関係者としてはうれしい限り。前向きにいいことがある方が学園も盛り上がる。昨年はベスト8。さらに高く目標をもって頑張ってほしいと思います。どこにも僕が母校意識がないので、今、現在関係している学校には思い入れがあるもので、「過去」にはあまり興味がない。確かに寄ることはあっても、同窓会に行って校歌を歌うなどもってのほか。血反吐が出る。個人的なことはよしにして、応援してますよ。よく頑張りました。全国大会、頑張ってください。

地域社会への貢献

子ども食堂への食材寄付考

子ども食堂が地域社会にも重要な役割を果たしていることは言うまでもないが、改めて食材の寄付について考えてみる。たとえば直売所で考えると、子ども食堂への食材供給は地域の連携と心のつながりが生まれる一方、余剰の農産物の寄付は農家にとっては売上機械の損失、価格低下ということも招くことにもつながるので、難しい問題である。もしその余剰農産物があるのならば、子ども食堂への寄付だけではなく、フードロスを回避できるように保育所や福祉、介護施設などこういったところが費用負担して引き取ることがあってもいいのかもしれない。見切りになって、○○引きの価格を狙うのではなく、その双方の継続的な社会の関係性を担保した両立が果たせないだろうか。なにかそういう連携がうまくできればと思うところ。子ども食堂を活かすだけではなく、スパイラルな地域の円滑化を生み出せないかと思うのだが、果たしてどうだろう。

どうなる選挙?

盛り上がりにもかける気もするが・・・・

早急に急いでしまったが故、政権与党にはマイナスとなってしまったと感じる今回の選挙。自公で過半数が取れるのか、おそらく自民党単独では過半数を割ると予想するが、まあ最後最後までわからない。自公与党を足してもやばそうだ。どうも「ぶれている」ことが同贔屓目にみてもある。当初言ってたこととは違うよねってことが多々ある。そして党内の足の引っ張り合い。国民に向けた発信と行動に移行してほしいものだ。政治の軋みを感じる。政治とカネ、これは相当根深い。果たして週末の札はどう動くのであろうか。静かに見守りたい。