脳梁

政策学校の思い出

行き詰った人生の打開

2009 年、2010年、正確には覚えていないが、一新塾という政策学校に通った。正直、その頃は人生に行き詰っていたことと、政治に出るという将来的な目標とが交錯していたが、やはり見えない未来に一筋の光を刺すように生きる。その模索の中にいた。そして、環境を変えたいとも思った。大学院が関西であり、広島からだと大阪か福岡、距離的にはそうは変わらないが、どうも聞くとどこかの地域科に所属しないといけないと言われ、処女地である福岡を選んだ。そこでも少しの仲間ができた。先日、久しぶりにその集まりに参加した。団体行動の苦手な僕ではあるが、世話人の方にもよくしていただいていることもあったので、少し覗いた感じ。苦しい自分にもまた会えた気がした。とかく一新塾は、僕にとって、母校と思える場所。僕は無所属の気概があるので、どこどこというのは持たないようにしている。同窓会で校歌を肩組みあって歌っているなんて、まっさらごめんである。苦しいと思う自分は強弱はあるが、一新塾現役生のときはほんとしんどい思いであった。だから福岡の場所はそんな思いが詰まっている場所である。

地域活性化

山奥の廃校にて

久しぶりに仕事で近くに寄ったので、廃校を利用したさわやか茶屋に寄ってみた。地元の婦人会や自治協議会なのか、母体はわからないが、地域の方々が運営しているんだろうと思うが、平日にもかかわらず、盛況である。おいしいそばをいただいた。いつも思うことだが、田舎とお言われるところはたくさんあるが、「地域活性化」を謳うが、理想には程遠い。こうした地道な活動はとてもいいことだが、どこまでそれが多くの人に届くのか。過疎地に移り住むとか新たな関係人口を作り出せるのだろうか。そんな思いをいつも思う。じゃあどうすれば解決するの?と言われれば、僕も解答を持ちえない。田舎では仕事、学校などやはり条件は不利だからである。不利を有利へのシフトをという綺麗なシナリオは言葉で言えても、なかなか難しいものである。山奥の廃校跡地においしい蕎麦屋がある。これだけは強調できるので、立ち寄るといいかもしれない、迷子にならないように!

減少の加速化

農業問題

これは先日の記事であるが、本日の日本農業新聞でも農業経営体90万割という記事が出た。国内の農業生産をいかに維持するのかが課題となっているが、若手の農業参入には所得の低さもあるし、創業資金の確保などなかなか進まない。離農、新規就農・・・・・担い手の問題は大きいなと思うところ。集落営農を中心に研究をすすめている身としては、地域維持には必要な要素であるが、問題の繰延をしているだけで抜本的な解決はしていない。どうすればいいのか、おそらく農業の場合、事業を軌道に乗せるには7年はかかると思う。まずもって創業資金がかかりすぎる。ハウス一棟建てると、今や5000万円近い。軌道にのせるまでの支援をどうするのかをもう一度構成すべきと思う。食は人間生活の根幹を担う。食料自給率が40パーセントなら、60%は食べられないということ。輸入に頼るだけではいけないのでは?2割減と言えば、10000人から8000人ということ。100万人なら80万人である。そういう事実を受け止めるべきであろう。

給食費無償化

6年で7倍だそう

先日、住んでいる町で「給食無償化」をセンターピンで公約して当選し、町長になったが、そうはならなかったということに苦言を呈したが、先日、文部科学省が実態調査結果を公表した。とすると、6年で7倍が自治体の導入事例となっているようだ。それでもまだ給食無償化には程遠い。無償化の目的は、子育て支援が90パーセント、少子化対策9パーセント、定住、転入の促進が5パーセント、食育の推進が3パーセントと続くようだ。財源では、自己財源が66パーセントのようで、自治体の財力が強いところができるのかと思うところ。実際、3人子供がいる我が家は無償化は助かるが、現実は出来ないだろう。なので、「嘘」のつかない政治をしてほしいと切に願うのだ。給食も公費が入って、安価に子供が食べることができる。そして何より食べているのだ。そこではない学校が徴収する諸費を公費を援助するように持って行くべきだ。算数ドリルや文具といったものを毎月のように請求が来るが、これは直接的に学習に影響をするし、給食費と比べれば、自治体負担も安いはずだ。そんなことで、子育て支援にはあまり注力しない子の国に、自己責任という負荷があるが、一方で仕方ないと思っている。だからもう一度、「嘘」のつかない政治。そして持続可能な運営のためにどうすべきかをもっと見えるようにと願い次第。

オレンジ

オレンジジュースなくなる?

先日、日本農業新聞でこのような記事がでた。オレンジ果汁不足である。世界的な果汁不足と物価高騰が背景であるが、国産の機運とも言えない。農業の後継化不足などによる脆弱化を考えると、外国産が駄目だから国産にという安易な移行にはならない。すなわち、少しずつオレンジジュースも手の届かない品物になるのか。日本は貧しい国になっている。円安も止まりそうにない。政府サイドはインバウンドの機運で、経済は活性化していると思うのかもしれないが、国内では物価高騰である。賃上げは大手だけであり、中小企業は倒産がますます増えるだろう。政治の混沌は収まりそうにない。目を覚めることのない今、我々はどこに向かうのか。難破船、オレンジの記事はいろいろ考えさせられるものであった。

人を呼ぶ「チカラ」

鉄道は人を呼び込む

普段なら伊豆方面を走るロイヤルエクスプレスが瀬戸内海を走るということで、息子の希望で見に行った。多くの人が入場券を買ってホームへ入り、集っている。関心のない僕でさえも写真をパシャリパシャリととったわけだが、どこでこういった情報を得て、人は動くのか。そんなことを思ったものだ。序者すると、かなり高額であるようだが、好きな人はその電車にお金を払って乗るわけだ。経済効果もある。伊豆方面に行きたくてもいけない人もいるだろうし、瀬戸内海を走ることがないので、是非、こちらでと思う人もいるんだから、こうした交流もいいと思える。そんなこんなで鉄道どころではない日常なのに、こうして僕も動かざる得ない週末となった。

地域づくりの問いかけ

直島にて

2023年度の岡山での講義も終わったので、前から行きたかった直島へ足を延ばした。3000人くらいの人口の街に、建築家の安藤忠雄(この人も好き)さんの支援も受け、アートの島として、多くの観光客にも楽しんでもらえる場所である。残念ながらメンテナンス中で、地中美術館などいけないところもあったが、こうやって地域をつくる方法もあるのかと感じたものだ。ここはYouTubeや書籍ではわかるまい。ここの空気を現場で感じてほしいと思う場所。数年したら、また直島には行ってみたい。岡山で講義を受け持たせていただいて、自分に幅が出来たのかもしれないと思う今日この頃。

農村たたみ論

考えさせられる内容

僕自身が「農村たたみ論」という言葉に初めて遭遇したかもしれない。田園回帰や田舎暮らしもあるが、最終的に財政問題が大きく、結局は都心部への移住に繋がる議論になる。農村、集落ががなくなると、経済的には善という考えである。一方で、農村、中山間地域における多面的機能や公益的機能ということもあるが、バランスよくという形が極めて難しいと考え、財政負担はできない=農村たたみ論に繋がるのだろう。何か人間生活がギスギスしたものとなり、胸が引き締められる記事であった。農業の行方は一体どこに?そんな受け止めをした。

あの風景

他人ごとではない

正月からバットニュースが続く。昨年、行った輪島の朝市。ここは被災しており、あの街並み、風景はがらっと一変しているようだ。能登半島を1周まわったが、かなりのところがあの日、見た風景とは異なっているんだろうと思う。そして今は冬。北陸の寒さが続く中、被災の避難所での生活も大変であろうというのは十分、想像つく。正直、今、広島に住む僕ができることは、募金をしてあげるくらいである。今、被災地に行ってもただの邪魔になるだろうし、本当に不足しているものがわからないのにモノを送って、同じものだけがたくさんあって困るだろうし。早く日常に戻れるように、一日でも早い復興を願ってやまない。昨年、訪れただけに格段に悲しい気持ちで一杯である。もう日本のどこでも地震はあるだろし、決して他人ごとではない。やはり今年は波乱である。

スカイレール

日本唯一の交通システム

近所ちゃあ近所にある広島市安芸区瀬野にあるスカイレールが4月末でなくなる。1.3キロを結ぶゴンドラ車両で運行する日本唯一の交通システムとして知られる(あまり知らないと思う)。これが来年4月末に運行を終える。長男が大の鉄道好きであるので、こういう知識があるのだが、全国から「てっちゃん」の大集合。それらしき人もいた。これから多く集うに違いない。当初は総工事費は62億円もかかったようであるが、それがなくなる。当初から赤字続きと言われているが、将来の見通しの甘さを感じざるを得ない。ただここに住む住民である。バスが運行するようだが、当初からバスにすればと思う。住まいのインフラであるから。交通システムは政治だろう、金だろうと勘繰るのは早計だろうか。そんなことを思いつつ、早めのラストランに参加した次第。