スキマ

親父の形見

親父とはまったく合わない人間だったが、もう亡くなってから3年が経過した。最後に親父が乗っていた軽自動車を引き継いだが、とうとう10万キロは走った。当時、小さい車は嫌だとかどうのこうの言っていたが、運転もおぼつかなくなってきており、小さくしてよかったなと今でも思う。事故なんかしたら大変だから。軽自動車だと遠出はしないので、ほんと走行距離はそうはなかったので、10万キロ走るというのは移動がかなりあったわけで、そう思うと感慨深いところもある。もう一回、車検をくぐってから車は変えようと思う。もうしばらく付き合ってくれと思う。

46回目の誕生日

人生を稼働させたい

まずは丈夫に産んでくれた母親に感謝したい。自分が祝われるが、やはり母親に感謝をする日として、誕生日という日はあって、そのことは子供らにも継承したいと思っている。さて46回目。一皮むけるようで向けない人生を過ごしているが、どうすれば僕自身が満足のできる人生なのか、納得できる人生なのか、その解決のキーはよくわからない。近年、歳をとったこともあるだるうが、できるだけ穏やかに生きたいというのはほんとに思うことである。すごい前に記憶に残っていることがある。テレビでご活躍の林修先生が47歳になって、ようやく人生が動き出したと言っていた。自分が表舞台でようやく出れて活躍しはじめることができたと実感したんだろう。そうなると、46歳の時にはその予兆があるということで、そうした1年に僕もなるだろうか。僕の活動領域は広くなっているが、それはそれで「有機的」に繋がってくる。僕には僕の「基準」で生きる。だから人生の「文法」はない(よく人生論を語る人はいて、僕に説教じみたことをいう人はいるが・・・、自分のことは棚に上げて)。あれこれ今年もやるだろうが、そろそろ成果も欲しい。中年の星となれるように頑張っていきたいと思う。

 

2022年11月30日、東広島の地にて(写真は北海道藻岩山(2022.8))。

鳥取へ

見せておきたかった場所

中国地方とは言え、鳥取はかなり遠い。どこかで気持ちも遠くなる気もするが、ようやく子供たちにも鳥取砂丘に連れていくことができた。たぶんここは想像と全く違うだろうし、来ないとわからないところはあるのではないか。そんな場所に違いないと思う。よき田舎が残る鳥取県。また訪れたいと思う。

時間の使い方・再考

平等な時間

365日24時間。これはみんな平等であるが、その時間の使い方ひとつで、幸せの尺度は大きく異なる。家でダラダラ過ごす。こんな時もあるだろうし、朝にフォットネスクラブにいって、健康つくりに努めることもあるだろうし、仕事終わりに交流をすることもあるだろうし、さまざま。今日は実家経由、温浴施設へ行ってみると、充実する感じはある。こういう一日の使い方もいいものだなと改めて思う。あれこれをどうリセットし、スタートを切れるか。忙しい毎日をどう過ごすのか。重要な問題である。

休日にランチ

通り過ぎていた場所

用事があって、湯来方面へ。湯来方面に行くと通る道であるが、団栗亭にはじめて寄ってみた。知らかなったが、どうも古くからある人気店のようだ。ひっきりなしに人が来る。昔ながらの喫茶店で居心地のいい場所であった。ランチもなかなかおいしくいただいたが、こう考えてみると、灯台下暗しということは多い。普通に通り過ぎるところに自分の知らない場所があるという現実。もっと近くにいろいろあるかもしれないと改めて思う出来事であった。なかなか休日と言ってもそんな感じで過ごせないせわしい毎日である。

岡山での交流

2年目の岡山にて

授業の行き来はあっても、岡山で一杯という機会はほとんどない。コロナ渦というのもあるが、こうした機会はもっとあっていいだろうにと思う。岡山はほんと縁がなかったが、大学で教える機会に恵まれてからは、気持ち的にも近くなった。今回、中国学園大学の先生方と一席、設けていただいたが、横がなかったので、ほんとよかったように思う。これだけ分野が違うとまたいろんな話もあって、面白いものだ。岡山発で21時23分で帰ったが、11時前には家に居た。通勤圏内だなと改めて思う距離感である。

突っ走るときと立ち止まるとき

忙しいなあと思う

とにかく1日が早い。すぐに昼が来て、夕方が来る、そして夜、そして寝る。翌朝という感じで何をやって、何が成果なのかもよくわからないが、走馬灯のように時間が過ぎる。これが充実しているのかどうか、それもよくわからないが、とにかく忙しい気はする。確かにあれやこれやしている。あれやこれや。何か化けそうな気もするしと思えば、いっちょやってみるかと思うし。優先順位をつけながら進めないとと思うし、一つ終われば2つやることが増えているもするし・・・。まあいろいろだなと思いつつ、毎日が過ぎる。

塾の言葉

慶應義塾に戻る

先日、読んだ友岡賛先生の著書「会計学を索ねて」の最後の言葉は以下のとおりである。

慶應義塾は早くからして封建的な師弟関係を排斥した。もとより、この塾に師承伝受などのあるべき筈はない(高橋誠一郎)

どきっとした終わり方で本が終わるので、先生にもびっくりしたという話もしたが、慶應義塾という場所はそうなのかもしれないと思う。塾員として見ると、こういうことだったのかと思う。学部では分野違うし、接点もない。だから師弟関係よりも独立自尊の精神というか、その人だけに扉は開かれている。そんな気がしてならない一説である。本題の中身も会計学面白いが、最後にこの言葉で締めるセンスも素晴らしい。

 

酒場にて

久しぶりの電話から

お世話になっている方から久しぶりの電話から、最近、一緒することが多くなった。そのときに話になったとある焼肉店で一杯やることになったわけだが、その方もうまいと好評の味である。僕の動きも活発になりつつある。何か「変化」が必要だと感じているからであり、その「変化」は新しい「価値」を創造していくんだろうなと思うのだが、そんな予感満載である。時間的に余裕がないのはないが、それでもこうして時間と空間を共有すると、接近してくる。そう思うと、今しかないと思えて仕方ない。

会食

本来はもっと活発に

夜出ることがたいぎくなってきており、出不精なところがある。コロナで制限もあったが、それ以上に年齢だろう。若いころから結構出ていたので、そんなに出ても思うこともしばしばある。一度出ると、それなりに充実した時間は過ごせるが、出るまでのハードルが高い。それではいけないとこのブログでも何度も書いてきたが、やはり今の自分は、出不精な僕なんだろう。酒を飲みに行くときはやはり日本酒がいい。こうした和食の方が僕には好む。時折は出るようにしなければと思いながらすぐに元通りになる。そんなスパイラルである。