組み立てる

 

横顔

このホームページ(ブログ)では、僕の横顔を覗いてもらって、何らか次につながるものがあればそうあればいいし、ふ~ん、あっそうということであれば、それでいいだろうしということで、何かざらっとしたようなところがあって、もう少し知りたいという欲求を感化できると思うところ。今春よりインタビュー(対談)をこのHPでも取り入れた。先日、2回目も収録した。キャストと内容は乞うご期待してほしいが、何かの「フック」となることに期待したい。続けることは小さな決意であり、行動であり、勝利である。そう思いながら継続を通じた新しい未来を構築したいと思っている。

会う人・もう会わない人

時間はみんな平等だ!

過去にたくさんの人と会ってきた。とかくいろいろ。名刺交換をした人でもさっぱり記憶にない人もいるし、密に付き合いある人もいる。しかし、僕も与えられた時間は1か月30日。限られた時間である。時間・お金・労力を使うことを考えると、取捨選択して人と会うことになる。特に動けばお金もかかるし、労力もかかる。とすると、人と会うのも戦略的になるところはある。僕が殊更会ってみようと動くのは、年に1,2度あるかどうかだ。これは新しい人。異業種交流会のようなものは全否定の人間であるし、そういう場に行くのも好きではない。とすると、会う人、会ったけどもう会わないだろうなという人。喧嘩とかではなく、やはりあるのだろうと思う。人は時間が空くと会いにくい。それも自然の摂理なのか・・・。若い時のような無限の時間がもうあるわけではない現実。もう僕も40代中盤だ。

いる肩書・いらない肩書

対外的なこと

僕で言えば、肩書的なものは多いと思う。自己紹介をしてくださいと言われるのが、かなり困ってしまう。だから名刺も単純に名前だけのものを渡すように変えている。○○の岸保 宏というのはおさまりが悪いので、職業 岸保 宏という感じで位置づけられればいいなと思うところ。まあまあ悩む事案である。その中でもいる肩書といらない肩書があり、欲しい肩書があり、欲しくない肩書がある。AのことのときにはAというもの、BのことのときはBのこと、XのときはXのことといったように、投げられたボールに的確に打ち返したいところだ。全部打ち返す必要はないけど、まあいるものいらないもの、あるなと思いつつ、考えることしばしばということか。

過日の話

今日という日

会計事務所にいる身では、確定申告の最終日はほっとする。かなり根詰めた、この数か月を過ごしているからだ。特にコロナで延長になったので、疲れは相当なものである。果実の話であるが、よくあることだが、選挙の出馬という話がきた。正直、8年前の一勝負に負け、そう未練もない。何度も書いてきたけど、お金を配ろうが何があろうが、それも含めた民意の結果が選挙であって、その審判で出た答えは神聖なものであるというのが僕の考えだからだ。だからもう政治家の道は僕にはない。これをひっくり返すには、それだけ熱くなるものがないと僕の岩も動かないだろう。その岩は動かないが・・・。ただこれは思ったことであるが、閉塞感は半端ないんだろう。僕はアクションを起こす方なので、何らかの化学反応はある。いいも悪いも。現状を打開する特効薬は、僕ではない。その依頼者が頑張ることだと思っている。僕は経済界あるいは教育界で、新しい自分が動き始めている。そこに人生をコミットして生きたいと思う今日この頃。

明日への仕掛け

YouTubeとラジオの連携

明日より広島FM でリニューアルする「農業のカルチベート」が始まる。今回はYouTubeが先行し、ラジオがフォローという番組構成で、広島FM でもはじめての取り組みとなる。過去に日本放送とライブドアが企業買収の一軒があったが、視覚と視聴をどう組みあせたメディアの在り方をもう15年も前に提起され、実際にはじめてみると、新たな可能性も感じる。当時の議論は確実に時代の要請を受けて、変化している気もしている。それにしても、これからこの番組を通じて、どう化学変化を起こすのか。楽しみである。どこかで面白いモノ・コト・ヒトに出会えるのか、自分自身も期待している。YouTubeもラジオもぜひ視聴していただければと思う次第。

中学校には行きません

自分を投影しながら

YOUTUBEで人気の少年革命家ゆたぼん。彼には賛否もあるが、社会に投げかけているものは大きいと思う。学校教育の考え、親子の在り方、社会勉強、ホームスクーリングなどなど。僕の見方は少なくとも、自分よりは社会に与える影響は大きく、これから新時代に考えるべき点を主張している気がする。やはり子供なので、幼いところはあるが、彼の主張が正しいと思う点もある。ゆたぼんが自分の子だったらどうか。たぶん学校に行きたくないといえばそうすればという。やりたくなるまで待つことも必要だし、この時期にここまでということを今の段階ではいいと思っているからだ。また今どきの学校の様子もしっかりわかっていない中で、いいも悪いも評価できない。ただ彼の親はこれからもしっかり見守ってあげてほしい。壁には人より多くぶつかると思う。それだけマニュアルにとらわれず、生きる選択を彼自身がしているからだ。大物になる可能性も十分にある。彼に賛否をする以前に、動画を何個か見るといい、彼なりの体験や経験は誰にもない貴重なものだということはわかる。興味のわく人間であるので、どこかで会えないかと思うところだ。

 

整理整頓

本の整理

長女の部屋を作ることから、実家へ本を移動し、農業や会計系の学術書をこちらに保管。そして勉強部屋として10数年ぶりに復活させ田。文学の書籍は西条へ保管しているが、ひとつのところにはまとまらかった。これでもだいぶ昨年から本は処分したが、それでも量は多い。しかし、研究者の方々はこんな量ではないので、どうしているんだろうかと思うもので、本だけで僕でさえ、2部屋はつぶしている。これを見ると、いろいろ記憶がよみがえることもあるが、何とかならないものかとも思うところ。研究者もどき。やはり本は財産である。

9年前の今日

当たって砕けろ!

9年前に県知事室に訪問した際の写真である。まだやせており、若い。当時の蔵田東広島市長のアテンドで訪問が実現したのだが、広島県の地域イベントをさらに発展形にする。それを東広島市バックアップのもと、やっていこうとした提言をした。湯崎知事も賛同し、部署への指示をだされたものの、イベント自体がなくなってしまった。職員は動かず、どうも内々で決めていたのか、自分たちの「我」を通した形になった。直接、蔵田前市長も部署への直電話もしてくださり、趣旨からいろいろ話し、湯崎知事も承諾も得た事案であっただけに、実現できなかったのはとても残念であった。できれていれば、今なお続く、地域イベントになった(コロナ時期は無理だが)に違いない。今思うと、こういう機会もないので、いい経験をさせていただいた、懐かしい話である。人生に攻めていたころの話。40歳中盤になり、小さくまとまった感があるが、「ギラギラ」とした何かを取り戻せるようにしなければと思う、雑感。

論文って難しい?

他者の言葉

先日、お世話になっている先生が博士号を取得したので、お祝いをした。僕が博士号を取得した際もお祝いをしてくださったが、今度は僕がお祝いする立場に。足の裏の米粒とはよく言ったもので、なかなか博士号は難度が高い。論文もいただいたので、読んでみた。できれば、書評論文にもしようと思っているが、言いたいことはわかるのだが、一つのワードがどうもしっくり来ず、僕の身体に入ってこない。昨年、友岡先生に言われたことがあるが、簡単に言えば、論文を読んで、ふ~ん、なるほど、と読んで思えば、それでいいと。今、それが明確にわかる。論文って改めて難しいなと思うところ。僕の学力がない可能性も否定はできないが、ちょっと聞いてみよう。思索の森へ入ってしまったなと思うところだ。

広島FMへ

 

農業の発信源

いよいよ広島FMへ。CM撮りで息子を連れてスタジオへ。東広島FM のときとは随分勝手が違う。ステージが明らかに違う。リスナーからのアクションも大きいようだし、広がりに期待している。今回の企図としては、①メンバーの鈴光ファームの進捗報告(成功モデルを作っていきたい)、②発信と受信、農業への提言や主張、あるいは教養という知識拡充、③農業ネットワークの構築からの新ビジネス展開、といったところへ進めていければいいと思っている。新しいカルチベートに期待。4月15日、10時15分頃にコーナーがあります。