左脳

引用の織物

ふと思い出した言葉

引用の織物。ロラン・バルトを思い出したわけだ。テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の織物であるという。模倣と独創。ほんとに独自性は自分にあるのだろうか。引用の織物と検索したら、宮川淳さんの本が出てきた。僕が生まれる1年前に出版している。p117。「なぜ引用なのか。引用について考えること、それは読むことについて考えはじめることだ。読むとはアルケー(原理とか根拠という意味)、一なる全体、《本》へと送りとどけることではない。それは逆に還元不可能な複数性、くりかえしと差異について考えることでだろう」という一節があるが、くりかえしと差異。深く考える。続いて、他社への存在を記しているが、殊更、何か自分が自分であるような、ないようなそんな感覚を感じるときがある。楽しく読ませてもらった。

 

子どものお金教育

子どもの動機

任天堂スイッチのゲームの影響は多分にあると思うが、株式投資をやってみたいと長男が言う。株について教えてくれと僕に言ってきたので、パーソナルファイナンスってものを少し教え得ていこうと思い、テキスト購入。そもそも大学でもこうした講義をやりたいと思っているが、そのおはちは回ってこない。お金の教育は声高に言われるが、何から手を付ければとか、教え手の問題とかはいろいろ問題はあろう。しかし、大切な知識・素養である。ただ実の子に教えるというのは難しいなと思いつつ、真剣に準備もしようと思っている。さてどうなることから。このテキストからスタートがいいと思うのだが・・・。

自己啓発と勉強法

やる気と持続と・・・

大学受験用に書かれている勉強法の本であるが、たまにこうした勉強法の書籍を読むようにしている。概ね同じようなことが書いてあるが、たまにこれ使うと効率がいいのではないかと思うこともある。限られた時間と先にある試験、あるいは資格などを突破するにはという点も当然だが、こうすれば理解が深まるかなとか、まあいろいろ思うこともある。何点か参考にしてみようと思うこともあった。たまに自己啓発や勉強法の本は読むといいと思う。

 

若人におくることば

最近の読書から

とかく本を読む時間が最近ない。学問的なものも趣味的なものも含め、もう少しゆとり欲しいものだ。さて、旺文社創業者の赤尾好夫さんの本を見つけた。旺文社文庫というのが昔はあったそうだ。若者におくることばをまとめて、どこからでも読めるようになっており、人生訓ものとして位置づけられるだろう。廣島農人でラジオ番組を持った時、旺文社ラジオ講座の記事を目にしたことがあり、これが正直、契機となっている。昔、赤尾さんとつながりのあった方からお話を聞いたことがあり、先見の目はあったのではないかと思う。会社経営もあろうが、今の時代、ラジオ講座ないし音声講座は面白い教育教材、媒体になると思うのだが・・・。もう僕も若くないが、どうやら赤尾さんも僕と同じくらいの年齢でまとめている本のようだ。古本でしか手に入らないようだが、手に取ってほしいなと思う本である。

 

訃報の連絡を受けて

いい先生を亡くす

共同研究もさせていただいたし、たくさんお世話になった成川先生の訃報が届いた。62歳だそうだ。あまりにも早い。10年前に共同研究をさせていただいて以来、いろいろご指導を賜った。著書も一緒に出せて頂いているし、そのときの論文も同じくした。学会でも再会の際にはいつも気に留めてくださり、ご配慮いただいた。よく酒も飲ませていただいた。仙台、国分町で二人で飲んだ時は楽しかったし、全国いろんなところでたくさん飲んだな。学問上でも非常に読みやすい論文で、どうすればこうした論文が書けるのか指導を受けたこともある。目標だった。もう会えないと思うと寂しい限りだ。どうやっても葬儀に参列できない。その点、成川先生、お許しをいただきたい。安らかにお休みください。ありがとうございました。

 

産みの苦しみ

ぱっとはしないが・・・

月末までに論文を出そうと思い、ようやく書いたが、内容は今一つ。しかし、まあそれなりにというところだろうか。学者のはしくれとしても、やはり論文は書かないとと思うし、学生にレポートを課すなど,権力を持った人間からすれば、自分を律しないと教壇には立つ資格がない。だから何とか年に1本は思うところ。今年度はできれば、もう1本出したかった。どうにもこうにも忙しくて、手がつけれず、意地で1本やったが、どうもしっくりはきていない。実力不足である。それでも何とかと思うのは、自分がどうあるべきかを考えることが必要だからである。次に何とかいいものを残せるように頑張ろうと思う、それにしても悔しさの残る論文だ。

ポケットサイズの一覧

そろそろ書き上げないと・・・

確定申告の仕事が忙しくて、ほんと何も出来なかった。フルでエンジンをかけて、論文を書かないといけない。論文として残していかないといけないものもたくさんあるのも承知。いつまで経っても、タスクは減らずである。この数年、論文としては農業の税務に焦点を当てる。ただし、問題意識が違うのかなと思いつつ、また思案の連続である。苦しいことを逃げずにやるしかないんだけど、忙しいので、つい逃げたくなる。それでもやるしかない。この本はコンパクトにまとまっているので、実務家にはいいのではないかと思う。

 

会計学講義よもや話

教養のある雑談

今年の会計学入門の際に何個か学生に話をする際に使わさせていただいた。なかなか面白いもので、会計の教養ある言葉を集め、解説している。これはお勧めである。会計というと固い話になるので、ちょっと導入してみたのを思い出した。来年はどうするかなと思いついたこと。今日は短くこの辺で。

語彙力の強化

絶対的な基礎的部分

最近、知った本だが、これはいいなと思った。高校生までに知っておきたい2000ワードのようだが、クイズのように問題があり、以下で解説している。高校国語を分析して選んだようだが、結構ハイレベルなものもカバーしているし、これは将来的に子供にもそれぞれ買い与えようと思う。おすすめ。やはり語彙が不足していると、論理といってもそのレベルの基礎的前提がないので、話が進まない。最低限、基礎的な部分は絶対的に必要と思う。子供がもう少し大きくなって、一緒に学べるときが来るといいなと思うのだが、果たしてどうなるだろうか。その時まで少しずつ学んでみたいと思う。

 

坊ちゃんを読み直す

坊ちゃんから学ぶ

漱石を少しずつ読み直している。今回は坊ちゃん。言わずと知れた作品だが、1週間から10日で書かれたと言われる小説であるが、素直に坊ちゃんの成長小説として読めばいいと思うが、それでもなお深く考えるのは、清の存在、死というものから人生を考えるというか、その人が死んでも、受け継がれるもの(人)の中で生きるんだという命題を与えられているような気がする。そして、教壇に立つようになってから、教師の正義感とか思うこともある。漱石はやはり面白い。もう一度読み直そうと思っているが、なかなかうまく時間がコントロールできない。できるなら、少しサバティカルのような休息が欲しいなと思う今日この頃。