左脳

収録講義

大阪経済大学にて

今日あたりに配信になると思うが、3年連続で大阪経済大学で講義をさせていただいた。ただパソコンの前にしゃべるだけで、今回はオンライン中継でもないことから、聴講する人がいない(それを想像してやる)。孤独な状況と、反応のない世界なので、今一歩わからない状況である。予備校講師や資格学校の先生が動画配信をするとき、かなり苦労はされているんだろうなと思う。今回、クラウドファンディングが中心の話。株式投資型も今回は加えてみた。クラウドファンディングも使い方、活用の仕方である。そう思いながら、ある程度の知識のインストールが学生にできればいいなと思う次第。

図書館にて

母校と言えば母校になるが・・・

学術研究にはやはり大学の図書館が必要で、近くの大学と言えば広島大学ということで図書館は利用する。2年間お世話になったといえばそうだが、ビジター感満載である。ホームカミングデーという卒業生も集まる大学祭もあって、これにもアイスクリーム屋さんで参加するが、これにも何も感情がない。それぞれの心持である。さて国立大学の図書館は新しい書籍はあまりないが、古いものがあるという印象である。ただ書庫にもあり、要領がつかめない。広島大学の仕様など正直わからずに、2年間過ごしたので、まったくわからない。ちょっと持ったないかもしれないが、これも僕の仕様だろう。

 

校正という地味な作業

僕にとって苦痛な作業

論文は書いた!さあ掲載だ!となると、避けて通れないのが校正である。大切な工程だが、とかく僕はこの作業が好きではない。研究者失格なのかもしれないが、本当に嫌いなのだ。それでもやらないといけないので、するのだが、まあ地味作業である。書評と言えども久しぶりに執筆した。論文を書くこと、執筆に関しては好きな営みである。机につくまでがどうしても時間を要する。モチベーションの持って行き方が難しいのかとも思う。今回、書評であったが、研究者として自分の活動の再開と位置付けたい。会計学ではなかったが、集落営農法人についてのものなので、門外漢というほどではない。もう少し学術的なことをする時間がほしいものだと思うが、日常がそうはさせてくれない。

オリンピックはそれでもやるのか

決断の遅さ

オリンピックの開催の意思決定は、IOCかもしれないが、政治の決断のなさ、1年たってもあまり変わっていない社会。困ったもんだ。コロナ感染者もかなり増えて、ようやく無観客開催の決断。なんかめちゃくちゃだ。コロナに打ち勝った証のオリンピックや復興五輪といってきたが、そうなのか。何のためにオリンピックをやるのか、ほんとわからない。たぶんコロナ感染は拡大するだろう。その道中に選挙があり、ごまかす。そんな話になるのかなと思うと、お先真っ暗と思うのは僕だけか。オリンピックは無理ではないかというのが私論である。

そんな時期

早いものでもう4年

昨日、珍しく政治関係の人とお会いした。それも長時間、話し込んだ。昨日まで気づかなかったが、来年1月には職場の東広島市も市長選挙があるんだと。衆議院議員選挙は任期満了だから、間違いなく秋にはあるにせよ、こうした身近な選挙ももうまもなくあるのかと改めて気づいた。政治関係の人は河井問題があってから会いにくい。そして、昨日の不起訴。前例ができる信じられない判決。お金は配ってもいいが、もらってもいいそうだ。断り切れなかったと言えばいいということか。司法ももう終わった。この国は法治国家ではないんだと。選挙も何の意味があるのかわからなくなった。候補者としてやっていた純真な気持ちは無駄な営みということなのか。そう思わざる得ない。

各種の申請

みんな困っている

コロナで補助金や協力金の申請など、行政も仕事量は半端ないと予想はするが、それにしても補助金や協力金の交付が著しく遅い。そして、前に出した書類も再度添付があるなど、申請者に負担も多い。特に思うのが、補助金や協力金を自身でできない人も多いかもしれないと思うよう量や内容。外部専門家に頼まないといけないようなものはどうか。その外部専門家も特需のように報酬をとり潤う。その悪循環。困っているから、すぐにでも欲しい資金をまず申請でつまずき、給付も遅い。もうコロナになって一年以上経過するが、あまり進歩がない。今こそ政治家の出番ですよ。そう思うのは僕だけだろうか?

図書館探索

目標がない

博士号を取得してから、学術面はだらっとした感じがある。糸の切れ凧状態。査読を増やすとかそういう類ではなく、明確な目標、これまで博士号をとるんだといったようなものがやはり自分のやる気のスイッチを入れるのは必要だろう。さて、久しぶり広島大学の図書館に行き、図書を借りた。外部の人間にはコロナ渦、なかなか入館にも厳戒態勢である。まあ大変なもんだ。かなり古い書籍で買いたいと思っていたが、ないので借りることにした。書庫に所蔵されていたのだが、パラパラと読んでみると、勉強になりそうだし、興味深かった。研究をはじめると、時間が欲しくなる。日常の仕事をやめたくなる。研究に入ると、集中する。ということは教員になっても、授業がうっとおしくなるんだろう。

学習塾ビジネス

授業はいらない

近年、塾産業は非常に気になっており、できるなら事業をやってみたいと思うビジネスだ。子育て世代にいるのもあるが、大学教育にかかわっている自分の環境も大きく影響を及ぼしているように思う。様々な塾があるが、特に気になっているのは武田塾。近年、すごい伸びている塾であり、授業をしないのが特徴。参考書をベースに完璧に仕上げていくロードマップを示し、学習者自らが履修する。勉強する環境を作るということになるのか、これまでの三大予備校がやってきた映像授業などのスタイルとは一線を画す。自分がそこで学んでいないので、わからない部分はあるが、塾業界でここまで伸びているのはニーズと実績と伴っているわけで、注目をしている。少子化の流れはあるが、それでも一部はビジネスとして残る。どこに活路があるのか、考える事例であり、やってみたいと思うところでもある。

 

クラムボンはかぷかぷわらったよ

宮沢賢治の言葉

2月にラジオにも出ていただいた絵本作家の澤口たまみさんの新刊をようやく読むことができた。宮沢賢治の作品から30のおはなしから、植物や生き物に焦点をあてて、平易に解説を施している。SDGSなど環境問題を大きく取り上げられる今、賢治の言葉からどういうメッセージを受け取るのか。自然との共生を人間はどう図り、どう生きていくのかを示唆してくれる。言葉のチカラを改めて捉えなおすとともに、宮沢賢治と向き合うことのなかった自分にいい刺激となった。僕の場合、文学から農業はどうなのかということから澤口さんと接点を持つことができたが、読み直す(僕ははじめてのことが多いが)機会に、この書籍から読んでみるのはどうだろうか?

 

クラウド会計の進化

時代か老害か

時代はクラウド会計に。たぶん間違いないと思うが、出てきた当初に「これだ!」と思ったが、使い勝手も悪さもあって敬遠した。改めて「クラウド会計」と向き合うと、若い人にはいいのかもしれない。スマホで領収書の処理が容易にできる(これは便利だと思う)、見積・請求・領収⇒会計への連動など、一通り見たが、僕にはやはりやりにくいが、たぶん使いこなせる若者にはやりやすいんだろう。なぜやりやすいのかというと、堅苦しい「会計」という技法をあまり感じさせず(やはり会計なので、当然に全くないわけではないが)、会計処理ができる利点はあると思える。すべてに賛同まではいかないが、時代の流れを感じるシステムである。柔軟に導入ができない中年、つまり僕であるが、老害かもしれない。まだまだわからないことだらけだが、間口を広げる必要もあるのかなと思う。