一見そう思うが、違う
先日、徳島に行った際に見た自動販売機である。たばこのような自販機で、実はお茶である。コロナになってから自販機はさまざま増えてきた。こうした自販機ははじめてみたが、アイデアだなと思うものだ。実際、僕も目の前で見たし、多くの人がこの自販機に興味をもっていたように思う。先入観で物事を判断すると、ろくなことはない。そんな戒めを思うような自販機であったが、これは自販機に限ったことではない。そう思うと、世の中はまだまだアイデアで創造できる。
先日、徳島に行った際に見た自動販売機である。たばこのような自販機で、実はお茶である。コロナになってから自販機はさまざま増えてきた。こうした自販機ははじめてみたが、アイデアだなと思うものだ。実際、僕も目の前で見たし、多くの人がこの自販機に興味をもっていたように思う。先入観で物事を判断すると、ろくなことはない。そんな戒めを思うような自販機であったが、これは自販機に限ったことではない。そう思うと、世の中はまだまだアイデアで創造できる。
老朽化した家具を買いにでかけて、少し近場を回ってみた。秋晴れのいい週末でドライブをしても散歩をしてもいい一日だったように思う。ガソリンもあがり、物価も上がり、不安定な社会というか、生きれば生きるほど不安しかないが、それでも呼吸をして生きていかないと思うには、気分転換も、そして違う空気も吸うなど、前を向かないといけないものだ。ああでもない、こうでもないといつも思うが、新たな週開けだ。そして10月も終わる。早いもんだ。
家族時間も大切だが、やはり外に出て交流する時間もないといけない。僕がサラリーマンならそうは出ないと思うが、自営業の身からすれば、次を考え、行動に移せるようにいつも勉強だ。確かに飲んで食ってと楽しい時間でもあるが、年々、酒を飲むのも体力が消耗。しんどくなっているのも事実だが、アンチエイジングではないにせよ、もう少しガーといくぞというポーズも必要だ。若いとは言えないが、せめて若々しくと生きたいとは思うけど・・・。
地元で飲んでいた時に、Fさんという共通の知り合いの話になって、今度、3人で一杯やろうということから食事会が実現。その人とFさんは10年以上もあっていないようだが、長い時の空白はすぐに埋まるように、楽しい時間に。お互いが馬が合っている人なんだなと感じたし、切磋琢磨して若いころ、過ごしてきたんだろうなと思ったものだ。今回、僕が再縁を繋げた形になったが、時間が空くと会いにくいものだ。こういう時間もいいだろう。また3人で会う機会に恵まれると思う。さすがに酔っぱらった夜であった。
灯台へ行くのが趣味という人がいて、一度、言ってみようかと、鴨田岬へ。遠かったけど、これはここをめがけていかないと行くことはないだろうという場所。秋晴れにも恵まれ。、楽しい週末になりました。週末車でということになると、四国くらいがちょうどいいなと改めて思いました。九州で言えば、福岡まで。関西で言えば神戸くらいまでがベストかなと。気分転換にもなるし、県外で週末は過ごすのもいいかなと思ったりして。
広島市内に平生いないので、街中でランチすることもほぼない。昨日は仕事で1日中、市内で会ったので、ひさびさにこちらへ。昔はよく言っていた気もするが、夜に出ないもんだから、行く機会がない。住まいから近いところで済ますというのが多くなった気もする。やはり変わらず美味い。天満屋の八丁堀店があったころ、催事終わりに今の妻(彼女時代)によく寄ったものだ。ちょうど従業員出口を出ると、店があるイメージで疲れたし、腹減ったねと食べた記憶がある。久々に食して幸せな気分になったランチ時間。
若いころの写真。確か結婚式の打ち上げだったような記憶。この頃、歌手の原田真二さんとよくご一緒してました。僕の年代から言えば、原田さんの全盛期はよくわからないが、知られた歌手であることはよくわかっていた。夢物語を肴に楽しい時間であった。それにしても34歳だと思うが、バリバリであるし、これからという意気込みがあった。あれから12年、一回りまわった今、夢親父としてもう少しアクセルを踏む毎日。34歳の俺は今をどう思う。懐かしい写真で振り返る今日のこの頃。
毎年、外国産でも食べたくなる。今年は国産も食ったが、外国産でもまあおいしくいただける。子供達にはマツタケは不評である。あまり好みでないらしい。贅沢な奴らだと思う。外国産になると、やはり風味が落ちるけど、秋という季節感を味わえる。ほっこりする時間も必要だ。何かとあれこれあるので、何となく休まるときがない。
どうしても日常が暗い話をする人も多いし、社会的に戦争をはじめ、後ろ向きの話が主流のため、どうも塞ぎがちになる。僕だけはと思うほど、強い心を備えているわけではない。突破していく、現状を打破していく、そんな岩を砕く意思がいるのだが、なかなか成長しきれない。ちょっと違う場所に行けば、一時でも気持ちがリフレッシュする。比較的、あちこちいっているほうだが、それでも動きたいのは性格もそうだが、それだけ圧迫されているのではないかと思うのだ。ベタな観光地でも回りたいな・・・と思う今日この頃。
ご好意を頂戴して、栗をとらせていただいた。娘が取りにいりたいというリクエストを受けて、言ったわけだが、写真の通り、立派な栗である。栗は棘があって触ると当然、痛いけど、その痛さが大切で、こういう体験の積み重ねが大切だと思う。それを妻が栗ご飯にしてくれたわけだが、一生懸命とった栗を通じて、会話となる。秋を知る、そんな他愛のない1日がまた幸せなのである。
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