2021年 の投稿一覧

お金への執着

僕の嫌な人

周りにお金に汚い人、いないだろうか。僕の周りでもたくさんいるが、殊更こういう人とは付き合いたくない。特にお金の仕事をしていると、それが見えやすく、やはり人間関係もその人とはよくない。価値観の違い。やはり生活するうえでもお金は大切だが、向き合い方がある。自分のものは自分のもの、あなたのものも自分のものといった考えはいただけない。みんなでよくなろうという姿勢ではないか。最近、お金に意地汚い人が立て続けに会い、うんざりしている。十人十色、どう付き合うか。できれば、もう会わない方が幸せだろうけど。

再び豪雨の悲劇になるのか

細心の注意を

3年前の記憶が蘇る。油断というより予想外の出来事であったが、それが再び、災害被害に及ぶかもしれない。今回は雨も長期戦のようなので、被害は広がるかもしれない。局地的な豪雨も予想されるので、非難も今回はするつもり。災害で思うことは、やはり地球に対して、人間が好き放題やり、自然との共生ということを無視してきた(言い方きつくすると)結果かもしれない。そんなことを最近よく思う。避難所にいけば、コロナ感染も拡大はするだろうし、ダブル・トリプルパンチが目の前にある。暗い話ばかりしてもいけないが、命を守る行動を!生きてりゃいいこともあるさと言ってみたい・・・。

農業と経営戦略

農業にも戦略を!

久しぶりのラジオ出演でしたが、今日はカミカミになってしまいました。久しぶりだとやはり緊張がありますね。僕の関心は農業版BSCが開発から約15年経過しており、これが実際どうなのかなどを聞いてみました。山本先生とはよく電話でも話しますが、そういえばこの話は聞かないなと。いい勉強になりました。持続的な農業経営に戦略がどうあるべきかをかんがえるにあたり、YouTubeでも学ぶことができるでしょう。日々勉強です。

 

ひょんな話

話の成り行きで

とあることで、青果市場に行き、マツタケを仕入れるというので、我が家にも少し分けてくれという話をしたところ、どっさりマツタケが届いた。今の時期なので、外国産だろうが、久しぶりにがっつり食べた。コロナになってからは自宅にいることが多いので、何か食べるものにしてもいいものをと思ってしまう。ずっと動いて生きてきた人間としては、これだけ拘束された人生を送っているととてもしんどいのだ。この話の成り行きもたまには飲もうかという話をして集まったわけだが、みんな声をかけるのは躊躇するよねと言う話に同意。難しい時代になったものだ。店にあまりいかないので、こうしたものを仕入れて、我が家時間でということは多くなるだろう。まあ多くなった。これでいいのかはわからない。が、マツタケは美味かったので、ひとまずよしとする。

 

農家からの頂き物

 果物に囲まれて

ありがたいもので頂き物をよくするのだが、夏にすいか、メロンは子供の多い家庭にとっては特にうれしい。メロンはもう少し置かないといけないが、すいかを食べてみたら甘くて、うまい。ほんとありがたいなと思う。農家もこの暑さの中、作業をしないといけないのに熱中症とか大丈夫だろうか。異常な暑さである。今回、収穫に行っていないので、わからないが、ハウスの中は地獄のような暑さだと推察する。まあそれにしても、動きたいがあまり動けないので、ストレスは充満している。あちこち行きたいのだが、コロナも拡大傾向。躊躇する自分もいたり。ますます出不精になる。この暑さだから、動きたくないのも事実だが・・・。

 

農業セミナー

農業の取り組み

たまたま東広島市の補助金を見つけ、9月に農業セミナーをやることにした。テーマは「農業は不確実なのか」というもので、天候など自然環境に左右されるので、農業は確実ではない、科学的なものではないのかということを向き合ってみようと思う。僕は会計を担当するが、会計を通じて、農業の確実性・不確実性ということを考えてみようと思う。何故か農業会計というテーマで話が来ることがないので、たまにはいいだろうと思っている。それにしても、雑多で忙しい。しかも暑い。あれこれ考えるだけで脳みそがつかれる。そうも言ってられないので、もう少し頑張ろうと思う。

再び休業要請

学習のない繰返し

また昨日から広島市・三原市・廿日市市で時短要請、広島県としてもまん延防止の要請をしている。僕から言えば、飲食店のいじめである。第5波にもなると、慣れてきている。経営を見ると、協力金や補助金など、まだ支給されていないなど、経営難に陥っていることも。最初のころはわからないことに向き合うことなので、仕方ない部分はあるが、こうも繰返し同じことをやるとなると、いい加減にしてくれと思う。政府が何を考えているのかもよくわからない。僕の住まいは、またしても時短要請のエリアから外れている。基準というのがあっていいのではと思う。それがしっかりと示されていないと思うのだが、もう第5波、わからないものだろうか?

逃げ遅れた人生

何でこうなったのか?

時々、自分の人生を振り返り、どうだのああだのと思い返すことがある。過去は変えられない。しかしだ、分岐点でこう動いておけば、どうなっていたんだろうと思うことがある。これは僕だけに限らないだろうけど、どうしても思うことだ。今の仕事も結局は逃げ遅れただけだ。東京にどこかで帰りたいと思っていたが、ずるずると今に至る。何とか現状を打開しようと動いて、海の中をバタバタしているだけのところもある。今あることを頑張ることで道を切り開くしかほかないが、僕の弱さであろうが、何でこうなったのかと思うことがある。強固な心を育てたいものだ。

自動販売機の活路

手軽に購入

コロナ時代、非接触型の自動販売機の存在が見直されているという。ステイホームもあるのだろうが、自動販売機で販売するアイテムも多才である。ちょっと前までは出汁を販売する自販機が出てきたり、ピザの販売、生カキなど、飲料やタバコなど昔、自販機と言えば思い描くようなものと違うものを販売している。実際、僕も自販機には活路があるのではないかと思う。人と接することを統御されているのもあるが、触れ合うことに億劫な人の思考は進んでいるような気がする。コロナだからこそこういう展開をするということも考えることも必要と思う今日この頃。

 

 

文章の書き方

HOW TO 本

こういう類の基本書になるものはときどき読むようにしている。やはり自分でいいと思ってしまう独りよがりな部分を払しょくするためと、そうだったのかと思うこと、気づくことがあるからでお勧めである。たまたま文章の書き方を紹介しているが、世の中にある出来事、なんでもこういうことはある。僕の場合、論文を書くことは一つのタスクだから、気になることは多い。文章が長くなり、主語と述語の関係が変になることが多く、できるだけ一つの文章を短くというのは意識しているが、どうしても長くなっているのが現状である。故にいつでも謙虚な姿勢で基本に戻ることを忘れないようにという戒めが必要なのだ。