左脳

二百十日を読み直す

剛直な言葉

とかく漱石が気になる。何かハッとする。二百十日は会話で成り立っている短編であるが、言葉が強めのものが目立つ。漱石は世紀末という100年を単位とした思想の中で、小説を読み解くことは重要な要素と思うが、一番、最後の文章、「二人の~百年の不平~を吐き出している」という一説があるが、ああここにも百年というワードが使われていることに改めて気づいたことである。こんなに二百十日の小説の言葉があらあらしく表現されているというのも、草枕からつながるじ「情」の世界と思える。もう少し文学に浸る時間が欲しい、心に余裕がないのかもしれない。

 

補助金という名の罠

終わりのない迷路のようだ

広島県もいわゆるマンボウであり、また補助金というのが紐づけになっている。財源はどうなっているのか、聞くのが怖いくらい湯水のように出しているが、本当にこれを出してもいいのだろうかと思うところだ。広島県の頑張る中小企業月次支援金 を見ると30%から50%の減少のところは補助金が減っている。さすがにいつまで出し続けるのかというのも疑問。今年は頑張ろうとか年始は思うものだが、出花からこの状況でやるにやりきれない。今のオミクロンで言えば、無症状が多く、重症化するケースが少ないことから、平時のように動くのがいいのではないかと思うところ。皆さんの考えはどうだろう?

今年はどうなる?

コロナの影響はどうなる?

コロナ拡大が止まらない。第6波がとうとう来たという感じであろう。実務では確定申告が近づいてきているのもあり、少しずつ話がき始めたなというところはある。ここ2年、1か月延長措置がなされたが、結局、ダラダラする人は1か月延びようが関係なく、同じような行動パターン。つまり、延ばしても対策を打った感を政府が持つだけだ。実務をやる側もだれるし、確かに時間の余裕はあるかもしれないが、いいとは思えない。なんとなく近日中に延長の発表が出るような気もするが、果たしてどうなるんだろうか?気になる話題である。

草枕を読み直す

非人情の世界

何となく草枕が読み直したくなって、読んでみた。「山路を登りながら、こう考えた」と始まるあの小説である。漱石を読めば、社会がわかるという人もいるが、何となく漱石の言葉から今の僕が抱えている諸問題を打破できるのではないかと思い、何故か草枕から読み直すことにした。旅の宿であった女性を通して、芸術や思想、哲学、文明というものが見えてくるのだが、西洋化への格闘がつぶさに読めてくるわけで、国家権力との向き合い方、思想というのがあらわになっている。感染症の時代になっている今、自分自身でコントロールが何かと難しくなっており、ぐっと考えることが多くなっている。少しずつだが、漱石と再度、向き合ってみようと思っている。何かわかってくるものがあるだろうか。

 

お金と文学

経済学者VS文学者

かつて漱石を勉強していた時に、お金と文学という形でまとめたいなと思うことがあった。研究書として、ああ、さすがと思ったものはこの本。冒頭にちらっと書いてあるが、たまたま見つけて写真の本を読んでみた。僕の関心をひいたのは、信用創造という経済学のワードから見る、文学の読みというのは面白いなと思う。お金によって人の心が動く、そして生活がかわる、社会が変わる。漱石で言えば、なんといっても、道草を読むとお金の問題と向き合うことになるが、この書籍でも多く取り上げられている。非常に読みやすく面白いと思うので、是非読んでみてほしいなと思う。

 

長い休みを経て

コンセプトの辞書

大学院時代からお世話になっている谷口正和先生の新書であるが、毎回、新刊が出るたびに謹呈をいただく。感謝の気持ちでいっぱいである。今回の新刊は、自らの著書を振り返り、整理されたものである。コンセプトの辞書と言っていい。時代の変化を感性的に整理しつつ、新たな価値を見出すデザイン力。圧倒的である。まずこうしてその時その時で、著書にしてまとめ、世に提示して、深化する、進化する。その連続的な営みがこうしたものを可能にする。今の時代、ブログやSNS などアピールできる場は多様にあるが、書籍の良さというのは見出し、タイトルから想起されるアイデアがある。また立ち止まって読み直すこともできる。何度も読んだ本もこの中にはあるが、またもう一度読み直そうと思うものも多々。おすすめの書籍なので、手に取って読んでほしい。

 

著者 : 谷口正和
ライフデザインブックス/ジャパンライフデザインシステムズ
発売日 : 2021-12-12

新しい動き

蘇る記憶、そして

まさか日本語教師として求められる日が来るとは思いもよらなかった。芸は人を助けるのか。20年前の日本語ブームは再来しているようだ。国際化の動きにマッチした資格であり、仕事かもしれないなと思うが、まさかまさかである。資格ホルダーである者の遠い昔の遠い国の話で、右を向くのか左を向くのかさえわからない。ただ求められるもので、できることは受けていきながら、真剣にやる。これしかないと思う。昨日と違う自分に出会えるかもしれないと思い、明日を作る。来年からまた新しい拠点ができ、自分がそこにいる。開幕まで準備をしっかりしたい。

選挙再考

候補者と第三者

かつて選挙も出たこともあるので、候補者の気持ちも第三者の気持ちもわかる。「外」から見るとよくわかるものだ。候補者は目の前しかどうしても見えなくなる。それだけ必死なのである。周りはあれこれ言う。あれこれも本来はその人のために言っているが、それどころではないということも出てくる。やはり難しいものだ。未だに僕に出馬してほしいと言ってくれる人もいるが、やはり向き不向きもある。自分が向いていると思っていたが、実際はまったく向いていないという現実。これは身に染みてわかるものだ。選挙があって、知っている人が出ると思うことだ。選挙一つで思うこともたくさんあるなと改めて感じる。

子どもと会計

教える側の興味

大学生にうまく会計というものが伝わっているのだろうか。これは常に思うことである。この前、友岡先生と話していた時に思い出したこの本、ちょっと息子に読ませてみた。ゲームの影響も多分にあるが、貸借対照表や損益計算書も理解がある。法人って何?法人税にって?財務会計と管理会計の違いとは?など、そういった質問で、本の内容で難しいところはないらしい。話していると、理解しているんだろうなと思うので、このレベルではわかるんだということを知る。大学生に会計を伝えるのに苦労しているが、このようにソバをすするように理解があるのはいいなと思う。伝え方、考えるなと思う出来事であった。

 

会計と職業

ゲストで学ぶ

非常勤をしている中国学園大学の会計学入門の講義で、ゲストスピーカーを招聘した。今回は、会計と職業というテーマでお願いし、それぞれの会計職の話、会計の理解によって、何がわかるのか、そして税務調査の一端までお話をしてくださった。学生には難しい内容だったかもしれないが、非常に役立つ話は請け合いで、講義担当の僕として十二分であった。そもそも大学は難しいことを学ぶところであるから、やはり思考が必要だ。その中で、自分自身との格闘が始まる。学生もそうだ。僕自身もかなり学びがあり、授業の中にこうしたワンクッションを置くことの必要性もわかった。あと3回になった。会計学入門という導入科目もどこまでやればというのもあるが、ある程度のことは話せているのではないかと個人的には思っている。