スキマ

穏やかに歳を重ねること

 

難しい難題なのか

父親の一周忌無事、終えた。この一年は嵐のようで、走馬灯のように時間が過ぎた。マイナスのことの方が多かったようか気がする。将来のことを統計をとると、かなりの割合で不安があるという意見が多い。穏やかに歳を重ね、普通に安心感のある生活を享受することは難しいということか。コロナ時代になってから、脳が休まらない。思い切って、思考を変えなければ、幸せはないかもしれない。だいぶ変えたつもりだが、まだ足りないのかもしれない。

オンとオフ

世捨て人

この2週間くらい携帯電話自体をもうやめようかと真面目に考えている。昔、書いたことあるが、携帯電話とメールのおかげで、大変な時間を浪費する。携帯電話があると、便利なんだけど、オンとオフもはっきりしない。なければないという生活になれるのか、ほとんどの人がある中、完全な孤立になるだろうが…。たとえば、9時5時の間しか携帯電話をつけないとか、なんか考えないと…。忍ぶ生き方は憧れる。

10月1日酒の日

今年はご遠慮

毎年、10月1日は日本全国酒の日。職場の東広島は酒どころなんで、いろんなところで振る舞い酒があるのだが、今年はコロナだからどうなんだろう?さすがに僕も遠慮する。今年は、春の醸華町まつりも秋の酒まつりのコロナで中止。酒蔵にとっても、コロナで飲食・観光もダメージがあるので、売れていないだろう。今日の酒の日はどんな感じかとも思いつつ。やはりコロナもあって、飲みに行くのも億劫になってきており、そう考えると、よく外食していた人も思考が変わったのではないかと思う。

見て見ぬふり

激変する未来

AI革命とか5Gの時代、アフターコロナ、社会の様相は変わるに違いない。ただただ変化に対応できず、見て見ぬふり。今日と同じ明日を過ごす人も多いかもしれない。融資はひとまず出た。会社の資金は今は大丈夫。今は猶予があるにせよ、回収が始るころには倒産ラッシュが見える。今の状況を把握し、未来を予測する。そのために準備をし、動く。思い切ったチェンジさえ必要になる。今の現状がよければそれでいい。そういう人もいる。やはり人それぞれ温度差があるから、危機感の度合いも違う。だから周りに伝えることもやめようと思う。自分が自分の危機意識のレベルで行動する。今やらなければという意識で。明日でいいやという人は、結局後回しにして、うやむやにするだけだから、これを相手にしていては事は進まない。高い危機意識が僕にあるので、遅れるとリスクが高まるような気がする。人を変えようという力学が働いていた気がする。自分の領分と領域で動かしていく。粛々と自分を構成していきたいと思う今日この頃。

 

アイスクリーム屋のおやじ

仕事の立ち位置

僕はいろんなことをやっており、自己紹介にも困ることはしばしばである。総合商社ということもあるが、やはり「アイスクリーム屋」のおやじというのが一番いい。まず肩ひじを張らなくて済む、人の付き合いのハードルも下げて、僕の方が下に見られる。このほうが人間関係がスムーズにいく。そう考えると、それが一番だろう。エプロンをつけて、働く自分も好きである。いつも思うのは、人はレッテルを張って、物事を見る。だからこのフィルターで判断する人が多いので、僕は「アイスクリーム屋のおやじ」でいることの方が幸せな気がする。これまで虚勢を張っていたのかもしれない。ちょっとこんな感じで自分を再構成したいと思う今日のこの頃。

工作教室

 

ビー玉の万華鏡

昨日は仕事になり、子供らと触れ合えなかったため、またどこか連れてけという話で、ヌマジ交通ミュージアムへ。ここは乗り物の展示だけでなく、自転車で遊べたり、ちょこちょこイベントもやっている。今日は工作教室でビー玉の万華鏡作りをやっており、抽選でうまく当選。みんなで作ることが出来ました。来客もかなり戻ってきたようで、こうしたイベントも抽選になっているとのこと。コロナは和らいだと見るべきか、メディアによる印象操作か…。どこへ行っても人が多いのは、僕には気持ち悪い。ただコロナ、コロナとばかり言えないのも事実。閑話休題。それにしても、ここのイベントは材料費50円だけとか、かなり良心的。子育て世代には特にいい場所だと思う。

 

今年のカープ

目も当てられぬ

今年はコロナもあって、チケットも確保していたが紙くずに。さすがに人数制限もある中、行こうとも思わない。しかもめちゃくちゃ弱い。故に、今年のプロ野球は終わった感がある。何故、ここまで弱くなったのか。実際、ここまで低迷するほどの戦力ではないと思う。さすがに監督の力量もないなと感じる。8月に廣岡氏の記事が残っている(https://news.yahoo.co.jp/articles/6997610c0b9fc80409f8bbe0833fd384c97742b9)。こうも弱くなると、話もなくなる。コロナで世の中も低迷している中、少しは明るい話題をカープが提供してほしかったなと思うところだ。とても残念である。プロ野球だけで見ると、あまりにも惨めなので、今年は終えてほしいと思う次第である。来年も続投かな・・・?

好きなものは好きと

割り切った思考で

僕のことを嫌いな人に好きになってもらおうという思考。僕にはそういう思考はない。好きな人は好きだろうし、嫌いな人は嫌いだろう。嫌いな人に興味をもってもらおうとかという努力もする気もない。もう40歳をすぎて、人生の午後に入り、殊更、この思考は強くなった。敢えて敵も作ることはないが、異業種交流会であるような、薄っぺらい人間関係で気を疲れるし、会う必然のある人は会うだろう。コロナ社会になってから、常に未来の不安が付きまとう。だから次の一手の準備を怠らないようにと思い、どんどん進めている案件もある。僕のことを嫌いな人は多いだろう。大過なくという生き方ではないし、生意気なほうだから。でも、僕を好きな人は好きであろうから、そこへ注力した方が人間関係もビジネスもうまくいくのではないか。僕は斜に構えている人間だから、最初はとっつきにくいだろう。しかし、どこかで接点がある人は接点ができる、新しい人間関係もできる。そう思いながら生きている。今、やっていること、取り組んでいることは未来が証明する。ベジアイスのように。

お彼岸

静かな朝に

庄原の祖父祖母の墓参りに続き、父親の墓参りも済ませた。ここは家からほど近いところに墓所を構えたので、行き来には負担がない。誰もいないだろう朝早くに出向いたが、朝に参る人もいるようだ。10月に一周忌を迎えるが、だんだんと人々の記憶から消えていく。望まない大掛かりな葬式になったので、ようやく静かにさせてもらえる気もする。望まないといえ、多くの人に参列していただいたのは感謝しかない。それにしても、69歳で亡くなるのだから、やはり少し早い。不摂生、極まりない父親だったから、仕方ないのか。自分にも問いかける気がしてならない。

 

 

墓参り

 

故郷、庄原へ

僕の生まれは庄原市である。広島の県北。庄原日赤病院で出生したが、今は出産できる産婦人科がないらしい。一歳半までであるが、妙に庄原に帰ると心が落ち着く。やはり自分のルーツがあるのか。ずっと行けなかった祖父祖母の墓参りに行くことができた。そう遠いわけではない。ただなかなか行けてないのも事実。亡くなると、風化するものなのか。もしチャンスがあれば、庄原で何か活躍できる機会があれば嬉しい。もう戻る家もないが、心にはちゃんと刻まれている。