岸保宏

昔の書籍から

初学者の入り口

たまたま昔、勉強した本が出てきたので、思わず読み直した。放送大学のテキストである。放送大学は科目数も豊富で、初学分野にはもってこいなので、つまずいたり、入り口で勉強を始めようとするものは、放送大学のテキストのコーナーに行って探したものだ。テレビ、ラジオでも無料で講義も見たり聞いたりできる。なので、フォローもできて、本当に便利だった。MBAのときに最初、ファイナンスがわからず、購入した記憶がある。今読み直しても、たぶん入り口とは言え、深いこと書いてあるので、すべて当時分かっていたとは思えないが、何とか理解しようとはしていた。ファイナンスに関しては、他にも読んだ。わかるようになった。使いこなすというところまでは行っていないかもしれないが、蘇るように復元できる。やはりわからないより、分かった方がいい。世界も広がる。そんなこんなで約20年前のものを読むと、「あの日、あの時」が懐かしくもある。何かと必死だったのだろうと思うなあ・・・。

48回目の誕生日

人生の補助線を引く

48歳を無事迎えることが出来た。こうやって大カバチを垂れて生きてこられたのも、まずは産んでくれた母親に感謝したい。そして、たくさんのお祝いメッセージ、ありがとうございます。重ねていつも本当にありがとうございます。

48歳。辰、年男。こんな一年だったが、本格的に50代を意識して生きるようになりました。今年、久しぶりに小学生時代からの友人とお酒を飲む機会があった。その一人が「ワシらの歳ってもう死ぬやつが出てくるよね」という発言にドキっとしたもので、仲がいいから当分会わなくていいやと思っていたが、後悔のないように会って時間を共有しようと思うようになったのが今年。そして、SNS で会った気になっているけど、ほとんど会わないというのも、SNSの功罪でもあるなと思い、そろそろSNS を終わりの時期にと思うようになったのも今年。さらに、自分が生きる時間がほんとに少なくなってきて、果たして「あとの残り」の人生は何ができるのかと本格的に考えだしたのも今年。静的に過ごした産物である。

「あとの残り」の人生。今のところの結論は、つまるところ、生きてきた自分の人生に補助線を引くようなことではないのかという結論に行きつく。算数や数学で補助線を引いてみると、これとこれって合同だよねとか、相似だよねとか、台形に補助線を引くと、三角と四角の形だよねとか、あるものからないものを見出す視点や発見ではなかろうか。その補助線を引く作業から新たなモノやコトが生まれてこないのだろうか。自分のできることは、そんなところにしかないのかもしれないと深く思う。劇的な「新しい」ことは、その一部に内包されているような気がする。

さて、49年目は動きのある年になりそうなので、その動きを強く意識して、人生の「補助線」を引いてみたい。「知」を「知」で洗い、「個」を磨く。その心のセンタク(選択・洗濯)はいかにあるのか。今年は激しく「動」である。春くらいから動いていく。

 

これを49年目のスタートの声明として、今日から生きなおすこととしたい。

 

48歳、誕生日 暑い夏の教壇にて

岸保 宏

今年もあと1か月

年々、時の経過の早さを感じる

人間に与えられた一つの平等があるのは、時間である。1日24時間。この中でどのような時間の使い方をするのかは個人に委ねられているが、まあそうはいっても感覚的に年齢を重ねれば重ねるほど、時の経過の早い。もう2024年度が終わるのかと。先日までまだこんなに暑いのかと言っていたが、時はクリスマスなのか、イルミネーションが街を踊る。残り1か月しかないが、2024年をもう一度、振り返りながらかみしめる時期のような気がする。明日が誕生日か・・・、早いもんです、いろいろ。

お金の流れ

ブロックパズルで把握

診断士や経営コンサルタントが好んで、ブロックパズルによってお金の流れを把握させ、決算書を読む技術を伝えている。売上から変動費と固定費を引くと、利益になるが、その利益の見方である。たとえば、10の利益が残っているとすれば、そこから税金を払う。3としよう。そうすると7が残るが、いわゆる税引前の利益。そこから減価償却の繰戻しを行う。キャッシュの支出がないからであり、お金が手元に残る。仮に5を足すと、7と5を足して12になる。そこから返済があるわけだ。借入に返済は経費ではないが。税引前の利益から支出がでることになるので、仮に6とすれば、12から6を引いて、残り6。ここから個人事業であるとすれば、生活費たるものがでるわけだし、次の経営資金に回すようになるが、お金の流れ、増減、動きをたとえ、ブロックパズルでなくても、経営者はそこは把握して理解しないといけない。会計が苦手な経営者に伝える一つの術と思うが、いずれにせよ、経営者自身が勉強すべき課題で、人任せにならないということ。参考に読んで見てたらいかがだろう?

 

紅葉を見て

季節を感じて

近頃は四季折々という感じはない。急に秋から冬へと変わる。そのためどうもその時間と空間を味わえない。でもそうはいっても、紅葉で見たいなち思い、少し遠出してみた。彩深く、心和むものである。今年は銀杏並木のきれいなところも見ていない(少しだけはみたけど)。三田のキャンパスにだいたいその頃いるのだが、今年はいなかったな・・・。心はメランコリック、孤独、読書、味覚。そんないい季節がもう終わるなんて・・・・。冬将軍もやってくる。いろいろ思いながらのドライブであった。

@姫路にて

40年後、「おじさん」

もう40年以上の付き合いになる友達と再会。ほんと数少ない友達であるが、姫路で一杯。まあいろんな話した。「気兼ねなくしゃべる」、「言いたい事言える」と言ってきたが、それはお互い様。あと仮に30年生きられるとしたら、70年の付き合い。これ以上の時を越えて付き合える奴はいないわけである。一緒に野球をした。1つのボールを追った。それぞれ違う時間と場所を過ごしても、確かな「場」がある。いい時間だったなあ。頻繁に会わなくてもいいが、適度には会って、時間を共有して話をしたいと思う。これは大切な営為ではなかろうか。友達の大切さを改めて知った夜。

残り少ない時間

2024年カウントダウン!

岡山での非常勤も今年最後になるので、余韻を楽しむかのように街を歩く。よく行く美観地区に阿智神社を見つけた。参拝をした。意外に階段も多く、たどり着くまでに時間を要したが、美観地区に神社があるのは、灯台下暗し。知らなかったな・・・。倉敷の街中も歩くと風情がある。何より駅からも近いし、電車でも行ける観光地。いいところだと思う。昼に行こうと思ったところがランチが今日に限ってランチが休み。寂しいではないか。いるうちに再チャレンジを考えて、その後に学校へ行ったとさ。

期待感ある大学

シーンが変わる

大学が変わるのではないかと期待している。ZEN大学。大学の在り方が変わる気がする。グローバル社会で活躍するための素養やスキルを身に付けることができる、日本発の本格的なオンライン大学として来年開学する模様。N高やS高なども今や東大など難関大学へも進学する学生も排出している。僕が今の時代に生きていれば、きっとS高やN高に進学したいし、わくわくするところがある。教育コンテンツも興味深いし、可能性を感じる。そう、こういう前向きでないといけない。今や定員割れ、Fランク・・・、大学の意義は?と思うもの。自分のチャンスは自分でつかむんだよ。そう思いながら、ZEN大学に大きく期待!

広大について

僕の所感

職場に近いのもあって、広島大学はよく利用させていただいている。修士の2年間、東千田に通わせていただいて、一応卒業生ではあるが、この大学は嫌いである。なぜ嫌いかといえば、どうも東京大学にいるかのような錯覚が起きる。変な自信、プライドがあるので、謙虚さを感じない。広島大学育ちの人は感じないだろうが、外部にいた(いる)人はわかる。この話を外部から広島大学に進学した人に言うと、共感を呼ぶ。まあそんな所感である。しかし、悪いところばかりでもない。最近は外部に向けた開かれた大学へ進んでいる気がするし、何と言っても総合大学の強みがある。国立大学なので、あまり新しい書籍が少ない一方、逆もあって古いものはよくあるので、助かることもしばしば。一長一短である。最近はよくお世話になっているので、気持ち的には薄れてきた。まあ活用できるものは活用しようと。誤解を招くといけないので、個々がどうのこうのではない。学内で学生時代に会った人に印象は起因している。今は知らない。

 

人の「死」

いつかは通る道

職場の近所の方が亡くなった。雑談も多くしたし、ランチもよく行った。夜もたまには飲みに行った。81歳でお亡くなりなったから、年齢的にはそういう歳になんだろう。最後の方はお身体を壊され、入院続きのようだった。現役時代はバリバリで迫力もあったし、仕事もすごかった。それを象徴するかのように、葬儀も今どきにないくらい、多くの方の参集であった。いつかは通る道とは言え、別れは寂しいものである。やはりほんとに近親者が亡くなり始めた。よりよく生きる、そして自分の中での基準で「人生よかった」と思えればと最後は思うが、どうだろう。悲しい別れに合掌!ありがとうございました。