
利用の更新
広島大学の図書館の利用の更新時期になる。慶應義塾大学と県立広島大学とここ、広島大学を利用させていただいているが、大学の図書館は時間を忘れていることができる。広島大学は古い蔵書がある、これが国立大学の強み。最近のものは極めて少ないというのが所感である。県立広島大学はWi-Fiが使えるが、今年から利用時間が短縮した。経費節減らしいが、これは学術機関としてはマイナスである。慶應義塾大学は上京時にしかいないが、満足のいく環境。蔵書もいつも増えているし、ここは没頭してしまう。そんなこんなで使える環境があるのは幸せなこと。お金をかけず満足度の高い施設が図書館と思える。

もう半年過ぎた
今年は半期は動きのあった時間を過ごした。まずハイライトは、2つの博士号を取れたこと。一度、学校に区切りがついたので、時間に余裕ができるかと思っていたが、まったくそうはならなかった。無事、学校を修了できたのはよかったことで、これは間違いなく大きな動き。ただやることがどんどんできて、自分に余裕がない。何でこうなるの?と思うけど、忙しい方がいいのはいいけど、人生はうまくいかないな。下半期、もう少し加速する!面白い人生を願って、ひとまず前半戦終わり。

東京は蕎麦!
蕎麦屋が趣味の人がいるので、どうも蕎麦は気になる。東京は蕎麦が美味いので、いろいろ廻る。今回、はじめての「室町砂場」。ここも美味いな。木鉢会というのがあるらしく、ここに載っているところを散策。ここに載っているところは確かにうまいし、営業も長く味わい深い。蕎麦屋めぐりももう趣味のなっているのか・・・。これも楽しみになっているのは、幅が広がったということでよしとしよう。

ブラヒロシ2025
思い起こせば25年ぶりに日光へ参上。当時はお金があまりなかったので、特急は使わずで言った覚えがある。スペーシアですいっとといっても1時半はかかったが、いい気分転換に。金言の記憶とはあいまいなもの。写真のシーンは覚えているが、駅の記憶などほぼない。当時も東照宮とゆばと温泉という流れ、もう少し回りたかったが、時間切れである。それにしても観光客が多い多い、インバウンド、修学旅行でにぎわっていた。そして歩いた、歩いた、足が棒のようになった。年齢を重ねると、ほんと行けなくなるだろうと。いろんな場所へ行って知見を深める、この動きは必要、動くのが好きなのもあるが・・・・。

田舎者の憧れ
早稲田大学に行きたかったのだが、行けなかった。大隈講堂を見ると、やはりいいなと思うのだ。今はきれいになっているが、あの古ぼけた感じが記憶はいつもある。もう少し頑張れば、頑張り切れればと思うと、後悔の念が立たない。うちの子どもで一人はここへ行ってくれないかと思うが、これは自分の選択であるから強制もできない。いつかキャンパスを歩くと思うことはあると思う。それにしてもここに15年は通っている。ご縁があって、早稲田に。ここにたどり着ける能力をつけたいといつも願うもの。またここへ来れる日を楽しみにしたい。

達成感のない「戦い」
この前、雑談をたくさんした。僕のエトセトラを話している際に、「普通は学位とかとったら、それを活かしてという風に考えるが、僕はそうは考えていないですよね」と言われ、自己満足の域にあるよねって話をされたが、まさしくそうかもしれない。自分が納得し、または満足すれば、それが幸せだと思える。博士の学位を取ったかたとて、東大や京大ではないので、最難関をくぐったわけではない。そうすると劣位というのは感じるものであるが、それは事実ある。しかし、それで不満足かと言えば、それはない。とすると、自分の基準に合うか会わないかという問題ではなく、人と比較でもなく、もう「自分」との戦いにただただストイックに邁進することが最善解である。まあ僕のことは人は理解できないだろうが・・・。

「良心」をもとに
フリマアプリでの米の販売を禁止という記事を見かけた。健全な取引ならいいが、転売による過度な価格競争は望ましくない。しかし、農家が直販し、販売チャネルとして活用していることを考えると、通常取引をしていた者が割を食う。現代はどうも「良心」というところの心の習慣が侵されている。法でなんでもかんでも縛るのはどうかと思うのだが、そうでもしないと歯止めが効かない。この点で言えば寂しい。それにしても、コメの取引は異常。コメはどこへ消えたのか・・・、う~んという今日この頃。

経堂にて
コロナが最盛期のときに学位授与式で参ることができなかった東京農業大学。5年ぶりにキャンパスに行く。懐かしい気持ちもいっぱい。僕が通った学校の中で間違いなく、ナンバーワンである。残念なことに論文博士で、学位だけであり、学籍があったわけではないのに、ここに凄い愛着がある。母校のことを言う人はこんな気持ちかもしれないが、母校ではない。心の履歴書にはきちんと刻まれいる。キャンパスを歩いたことがないので、少し歩いてみた。かみしめるように。先生も退職されているので、ここに寄ることはないが、僕がここで学位を取れたことは誇りに持ちたい。

店頭にて
何年前の写真だろうか。懐かしい写真が出てきた。百貨店で催事である。百貨店の催事に出ると、折込チラシも多く配られるし、運良ければTVもあったことから、積極的に参加していた。百貨店の力がなくなってきている頃であったが、それでもまだ百貨店神話もあったのだ。ここでいろんなことは学んだ。店頭に立つとよくわかるもので、商品の良しあしはやはりお客様の声であることをまざまざと見せつけられるのである。こうした経験は今なお、自分に活きているが、朝10時から夜の8時までの長時間はやはりしんどかった。特に7時から何てお客様は来ないし、閑散の中、時間を浪費しただけでほんと長く感じたもの。こういう時期もあった、若い頃。

やがて海になる
「やがて海になる」の映画、広島先行上映のご挨拶に木村プロデューサーと河野谷アンバサダーが来られました。沖映画監督の出身地の江田島が舞台となり、上映できること、お喜び申し上げます。ほとんど力にはなってませんが、やり抜いて作品化したことは大変、素晴らしい。映画と言っても、費用もかなりかかるし、工数もかかる。なかなかできるものではありません。正直、映画とか言われれても門外漢。まったくわかりませんが、地域活性化につながるのなら何より。上映の成功を願っています、映画も見に行ってみますね。