言論ーどう変容するか
今日の日本農業新聞、内田樹さんの記事は非常に灌漑深いものであった。文字を打つ時代になり、言葉、すなわち言論が変わっていく様を指摘している。中でも「文字を書く速度と思考の速度が同期していれば、その人の情理が行間ににじみでる。身体を使って文字を書くことの「味」はそこに存在する」という一文は訴えてくるものがある。確かにパソコンやスマホでの文字打ちは定型化するような気がする。思考そのものを排除しているかもしれない。国語力をどう鍛え、蓄積し、能動的に発信できるように素養するか。言葉の重要性を再々度考えさせるいいな用の記事であった。
亡き父
とんと父親とは反りが合わなかったが、今日は亡き父の誕生日である。生きていれば、74回目である。性格など合わなかったが、さすがに死んだのは早かったように思う。いろいろ思うこともあるが、死人に口なしである。2月16日と言えば、確定申告のスタートである。長らく税務署でお世話になった親父からすれば、また思うこともあろう、そして現役時代は所得税が専門となれば、誕生日=開始のゴングであるし・・・。まあ今日はそんな1日である。1日くらいは親父のことを思う出すこともいいのではないかと思う雑感である。
猛威を振るう
次女のクラスに続き、長女のクラスも学級閉鎖となった。どうも風邪が流行っているらしい。インフルもあるだろうが、コロナもあるんだろうなと予想する。それにしても、僕らのときはそのような記憶もない。まあ困ったものです。今の時期、僕は繁忙期のため、風邪などひいている余裕もないし、ひいても出勤。誰かの代わりがいるわけもない。大手とは違う、そう考えると、代替の効く公務員はやはり恵まれている。あれこれ言っても仕方ないけど、早く収まってほしいなと思う今日この頃。
ああしておけばと思うものだ
明らかに自分の人生を振り返ってみても、高校での受験失敗が尾を引いている。未だにそれを払しょくできない。できれば、大学へ行くよりも高校に再入学して、自分にケジメをつけたいと思うものだ。それを引きずりながら生きるような人生を子供たちには負わせたくないとは思っている。この前、読んだ放送大学の学生の記事から放送大学のことが気になって仕方ない。その記事は放送大学で夢を叶えようとする学生のもので、彼のようにそれを追ってみたいと思うものだ。放送大学のHPを見ると、15歳から学べるようになっていて、一定の単位を取れば、4大への学籍を持ち、卒業までできるようだ。つまり、高校に行く必要もなかったと考えると、放送大学にお世話になって生きるのもよかったのではないかと思う。術を知らなかった、無知であった。そもそも団体行動、集団行動を苦手とする自分とすれば、最良の選択であったのではないかと思うのに・・・。今更、言っても仕方ない。やり直せるなら、中学生からいつも人生はやり直したいと思うが、そうはかなわないから人生なのである。今が大切。大学にはたくさん行かせてもらったが、放送大学はいい大学だなと思うんだな。これから進学者は増えるだろう、社会的価値が高いと僕個人は思う。
ふたたび長女
2、3年前あたりから陶芸教室に子供は通っているが、黒瀬にある保田窯へ。今年は僕自身が予定が取れず、2024年初参戦。たくさんの方と一緒に陶芸を一緒しました。保田窯の先生が洋画家でもあるので、長女の絵を少し見てもらいました。親としては長所を伸ばそうと思っており、手掛かりを探っているが、いいご指導をいただきました。絵画も学んでみたらどうかと思うところ。これは親が強制するものではないが、プロに学ぶ機会もそうあるものではないので、いいと思うんだけどな・・・。長女は素直に学ぶ姿勢があるので、伸びてくると思うのだが・・・・。親バカなところは確かにあるが、学校では絶対できないことを親が環境を作る。それは親の務めでないか。そんな日々雑感。
感受性を高めて、想像力を養え!
長女が最近、よく絵を描くので、100色の色鉛筆を買いに行ってみた。嫁の血だろう、子供3人とも絵は上手い方と思うが、感受性の高いうちに感性を育てることは大切だと思う。100色もあるとインパクトある。まずは与えてみて、子供自身に考えさせてみようと思う。最近、殊更思うが、問題意識を持つ、そして問いを設定して、検証、答えを導き出すというのは、実は論文の作法を同じである。絵画という問題意識、その武器を親が与えたが、それぞれがどう表現して、絵という答えを導くのかと考えるならば、これからいろんなことが社会で起こっても、課題解決力を養い、応用が効くと思っている。子育てに正解はないだろうが、まずは親から問いかけを与える。100色の色鉛筆は想像外だろう。微妙な色から世界を学べ!
ペンは剣より強し
学術研究にて、調べても自分では能力が及ばないことも多い。なので、最近は司書の方に相談したところ、いろんなことを教わる。昔、司書はいいなと思って、司書講習を受けてと思ったこともある。司書の仕事も本来は向いている仕事な気はするが、ほんと助かるものだ。調査検索の仕方が違って、僕でも引き出せない情報を教えてくれる。かつて図書館情報大学という学校があった。今は筑波大学と一緒になったが、こういう特徴のある学校に行けば、もっと違う人生があったかもしれない。司書はふたたび興味の涌く領域のものとなった。あれやこれや頼んでいるので、仕事を増やして申し訳ないが、研究者もどきとしてはやはり解明したいのだ。
掌に自分がない
さすがに疲れている。仕事が山積み。減ってもさらに増える。工数が増え、自分の能力を超えている気がする。バランスがとても悪い。今週は最悪である。忙しすぎてほんとイライラしており、人にもあたってしまうし・・・。そんなこんなで少し気分転換して望みたいと思う次第。
書籍謹呈
税理士試験向けであるが、第14版の財務諸表論の要点整理を頂いた。試験向けと銘打ってあるが、中身は充実、コンパクトにまとまっていた。学び直しにちょうどいい。この書籍、税理士試験とか銘打たない方が多くの人に目に触れるかもしれない。しかし、14版までいくということは評価を得ているのに評することでもないか。それにしてももっぱら会計系は読むことが少なくなった気がする。農系が多いわけで、純粋な会計学者ではないということの証左か・・・。頂かないとめくることもなかったかもしれない書籍だが、これはほんといい内容であった。そもそも会計学でいいなと思うものが少ない。だからなおさら貴重。
| 中央経済グループパブリッシング 発売日 : 2023-09-27 |
忙しさに輪をかけて
論文の校正が届いた。いつも忙しい時期に来るので、時間がほんと取れない。正確さも欠ける性格なのに、輪をかけて加速する。いかんぞいかんぞと思いつつも。研究者もどきとしては、やはりいい悪いは別にして、論文を出していくことが必要に思う。僕にも意地があり、何が何でもというところで壁を越えようと頑張っている。自分自身との闘いである。今年度は2本。そのうちの1本が手元に。あれこれあるが、ここは踏ん張り時である。それにしても、パソコンばかり見ているので、目が疲れている。身体より目。寝つきも悪いし、脳も疲れているのかもしれない。さすがに歳を感じる。校正も締め切りまでには何とかやりきらなければと思う今日の朝。