日常

幼稚園最後の運動会

足掛け7年

同じ幼稚園に子供3人通わさせていただいて、いよいよ最後の運動会になった。酒祭りと重なる日程にわざわざしてくださるので、やきもきした過去。コロナでここ2年は安心して見ることができた。幼稚園が1年違うだけで、子供の成長がよく見える。3番目もいつもはで~んと構えている感じもあるが、緊張しながら頑張った。年々できることが増えている。それにしても、晴天。いい天気だった。本当に10月なんだろうか?普段着はまだ半袖である。

様子見

緊急事態宣言後

広島県では集中対策として14日まで飲食店の制限があるものの、8時までお酒の提供ができるようになり、なじみの店へ少し顔を出した。時間がないので、定食のように用意してもらって、久々のお店で飲ませてもらった。アルコール、パーテーションなど飲食店もできうる限り、対策を講じている。ほんとに飲食店がコロナ拡大の原因なのかと疑ってしまう。確かにコロナが出始めたころは、みんなよくわからないものに対峙するため、致し方ないところはあるのは仕方ないせよ、もう5波といわれる状況を鑑みると、どうだろう?GOTOはまたやるようだ。ちぐはぐ感はある。飲食店の状況は依然厳しい。なかなかお客さんも戻ってこないだろうと思うこところ。今回も僕と合わせて2名だけ。それにしても生活習慣は変わったな。

会計の地図

会計のわかりやすく伝える

一般書、学術書も両方で、会計のあれこれ読むようにしている。実務にも研究にも役立つし、特に大学の授業をするようになって、やはりどうすれば相手に伝わるのかは考える。最近というほどではないが、会計の本で参考になったのはこれ。シンプルに会計を図解でわかるように、書いてある。初心者にはわかりやすいのではないかと思う。図解は示しやすい一方で、思考力を損ねる危惧も考えられる。文章を何度も何度も読んで、反芻して考えることも大いに必要だが、まずとっつくということを考えればいいのかなと思う次第だ。

 

身辺整理とスタート

涙を拭いて、希望ある明日へ

ちらっとこのブログでも書いたが、2020年1月から会計事務所も移転新体制ではじめて、1年9か月、2021年9月末でこの体制も終わりを告げた。総勢6人で人間関係もよく、事業もいい方向と思っていたが、そうではないらしい。濱崎さんも一緒にみんなで出たかったが、残りの5人と2つに別れることになった。終わりあれば、始まりもあり、過去にとらわれていれば、未来もない。だから濱崎さんにもエールを送るし、またいつか一緒にやれる日が来るかもしれない。お互い成長して再会したい。土日で荷物の整理がされていた。ホワイトボードにメッセージが残されていた。今回、離れ離れになったのは残念で仕方ない。濱崎さんと喧嘩別れしたわけではない。東広島で一緒したこと、忘れずにいたいと思う。ひとまず、さらば!ハマピー!

つかの間の休息

緊急事態宣言明け

気分転換に温泉でも入ろうと思い、子供を連れて邑南町へ。島根県と言えども、広島県と隣接した場所であり、日帰りで楽しめる街である。邑南町はA級グルメということを推進したり、子供2人目から保育料無料など子育てをしやすい街を目指しているようだ。子供3人いる僕としては、医療費や保育料などありがたいと思うところ。そして、広島県にも車で通勤は十分可能なだけに、考えようによれば、田舎で子育て、仕事は都会へというのもいいのではないかと思う。それにしても、ほとんど人もいなくて温泉もほぼ独占状態。大騒ぎの子供もどうかと思うが、少しゆっくりさせてもらった。ほんと日帰りにちょうどいい。

激動の半月

父親が亡くなってから

職場も父親が亡くなってから激動で動いてきて、ようやく落ち着いてきた矢先、また組織変更になった。大人が集まり、人がやること。もめごともあったり、笑いがあったり、まちまちである。今回は時に流れに身を任せという感じで動いたが、やはり考えることもある。しかし、後ろを見ても始まらない。前を向き、進む。固い決心である。それにしても、40代はいろんなことが起こりすぎる。自分の頭を超えている。しかし、一つずつ片付けていくしかないわけで、コツコツやるしかないのだ。

秋の味覚

ひょんな話から

日常の会話からいろんな展開を生み出すことがある。いいことも悪いこともどうでもいいことも大切なことも・・・。たまたま栗の話になり、取っていけってな話から、栗拾いをすることに。まさか背広姿で栗拾いをすることになろうとは予想だにしなかった。栗拾いもかなり久しぶりで棘がいたいのなんのって、あのいがいがの中に栗を取るまでにまあまあ苦労した。秋になると、栗ご飯は何とも言えない秋の味覚である。人が気にかけてくれることは有難いものである。こうして人の情けをいただきながら大きくなっていく、人間社会が成り立つ。栗一つで大げさかもしれないが、そんなことを思う栗拾いであった。

履歴書

突然の話

ひょんなことであるところから、僕に履歴書を出してほしいとの依頼があった。自営業なので、履歴書を書くことがないので、博士号を出すときに書いたものを参考にしながら、書いてみた。本来であれば、職務経歴書とか出すといいんだろうが、まあ結構大変である。昨日、とある料理人と電話していたが、履歴書は1枚で済まないという。転職が多いからである。料理人だと「味」を覚えるなど、技能技術の向上もあり、転職は珍しくない。僕の場合は1枚で済むのでいいのであろうか?人生が動き始めている気がする。これはチャンスだろうと思っている。

中秋の名月

月に見守られ

満月、多くの人が昨日は見たのではないだろうか。一転して、朝からゲリラ豪雨で、まあ天候不順なのか、何なのかと思う。それにしても素敵な月である。夏に家族旅行に行ったときは、星を見た。夏の大三角形だの木星だの、よく見えたわけだが、天体に触れるということもとてもいいことだと思う。生活にそうした余裕がないといけないのだが、その余裕がないのがつらいのだ。たとえば、道端に咲いている花を見るとかというちょっとしたこと、そのちょっとしたことに気配りや目配りができないと改めて思う、今日この頃。

45歳定年説

ジャストインタイム

僕が45歳とタイムリーな話。上記は、経済評論家の山崎元氏が日本のサラリーマンの典型的なキャリア・プランニングとアクションを示したものである。自分を考えると、やはり能力や器、そんなものが見えてきている年齢と思う。圧倒的に劣っているとも思わないが、すごいとも思わない。45歳は現実に微妙な年齢だ。新しく雇おうにも、ある種の「型」はできているし、雇いにくいだろう。僕にしても口だけはどんどん達者になっている気もする。45歳でエンドとする人生設計をする場合には、自分の息子や娘のころから設計して生きていかないと、今、この場のチェンジは極めて難しい。45歳、厄介な歳になってしまったのかな。雑感である。