日常

朝からイライラ

何度も同じことを言う

共通の理解というのは、なかなか難しいのか。何度も同じことを言うが、ほぼ相手が聞いていないんだろうと思われる事案はないだろうか?①まったく聞く気がない、②理解する能力がない、③一応は聞いているつもりだけど、わからない、まあいろいろあるだろう。もともとがせっかちの性格なので、辛抱強くという点では僕はかけている。もう少しと思うので、上記のように箇条書きのような形式で発言したりして、論理的に進むように考えているが、それでも僕と共有できないという人もいる。とてもつらい。やはり疲れているのかわからないが、こういうときにどうすればいいのかと思う今日この頃。

巣ごもりを考えて・・・

ヨギボーを買ってみた

第4波は過去のコロナより強力な気がしている。影響も多大で政策支援も期待されるが、おそらく政治での支援はそうはないだろう。真剣さというものがあまり感じられない。オリンピックは別腹で、コロナはまあまあ、よきに計らえというスタンスでは、民意も離れていくのは必至だろう。いずれにしても、GW もあるし、家時間が増えるので、より快適にと考えて、前々から買おうと思っていたヨギボーを買ってみた。子供に取られがちというのは否めないが、結構いい感じである。新しい生活様式と言われて久しいが、この4波はどう動こうか。動くところも考えないとと今一度、思う。それにしても、いいニュースがないものだ。ピンチはチャンスという流れを作りたいが、どうだろう?ヨギボーに寝っ転がって考えてみるとするか。

2夜連続の誕生日

4月はイベント続き

19日は嫁さん、20日は長女の誕生日と2夜連続であり、4日は結婚記念日ということで、あれこれせわしい感じである。しかし、やはり一つにまとめてというのは違っていて、その人、その出来事に対しては大切なものである。ケーキは僕は食べないが、子供らもケーキは今年は食べる機会が多いのでうれしいかもしれない。長女の話をすると、住まいの海田町で生まれ、3人の中では一番小さく生まれたが、それでも3158グラム。僕が3050グラムだったから、大きいんだろうと思うが、その点は麻痺しているのかもしれない。今年から小学生にもなっているし、彼女にとっても、新しいスタートを切っている。嫁の話をすると、2日連続だからケーキはいらないといわれたけど、そういうわけにもいかない。お前もかけがえのない一日であるから。びっくりしたのが、もう○○才になったのかとう現実。嫁とも長い時間を過ごしたのだということを改めて思ったものだ。まあそんなこんなで2日間、イベント続きの夜でした。

会う人・もう会わない人

時間はみんな平等だ!

過去にたくさんの人と会ってきた。とかくいろいろ。名刺交換をした人でもさっぱり記憶にない人もいるし、密に付き合いある人もいる。しかし、僕も与えられた時間は1か月30日。限られた時間である。時間・お金・労力を使うことを考えると、取捨選択して人と会うことになる。特に動けばお金もかかるし、労力もかかる。とすると、人と会うのも戦略的になるところはある。僕が殊更会ってみようと動くのは、年に1,2度あるかどうかだ。これは新しい人。異業種交流会のようなものは全否定の人間であるし、そういう場に行くのも好きではない。とすると、会う人、会ったけどもう会わないだろうなという人。喧嘩とかではなく、やはりあるのだろうと思う。人は時間が空くと会いにくい。それも自然の摂理なのか・・・。若い時のような無限の時間がもうあるわけではない現実。もう僕も40代中盤だ。

中学校には行きません

自分を投影しながら

YOUTUBEで人気の少年革命家ゆたぼん。彼には賛否もあるが、社会に投げかけているものは大きいと思う。学校教育の考え、親子の在り方、社会勉強、ホームスクーリングなどなど。僕の見方は少なくとも、自分よりは社会に与える影響は大きく、これから新時代に考えるべき点を主張している気がする。やはり子供なので、幼いところはあるが、彼の主張が正しいと思う点もある。ゆたぼんが自分の子だったらどうか。たぶん学校に行きたくないといえばそうすればという。やりたくなるまで待つことも必要だし、この時期にここまでということを今の段階ではいいと思っているからだ。また今どきの学校の様子もしっかりわかっていない中で、いいも悪いも評価できない。ただ彼の親はこれからもしっかり見守ってあげてほしい。壁には人より多くぶつかると思う。それだけマニュアルにとらわれず、生きる選択を彼自身がしているからだ。大物になる可能性も十分にある。彼に賛否をする以前に、動画を何個か見るといい、彼なりの体験や経験は誰にもない貴重なものだということはわかる。興味のわく人間であるので、どこかで会えないかと思うところだ。

 

9年前の今日

当たって砕けろ!

9年前に県知事室に訪問した際の写真である。まだやせており、若い。当時の蔵田東広島市長のアテンドで訪問が実現したのだが、広島県の地域イベントをさらに発展形にする。それを東広島市バックアップのもと、やっていこうとした提言をした。湯崎知事も賛同し、部署への指示をだされたものの、イベント自体がなくなってしまった。職員は動かず、どうも内々で決めていたのか、自分たちの「我」を通した形になった。直接、蔵田前市長も部署への直電話もしてくださり、趣旨からいろいろ話し、湯崎知事も承諾も得た事案であっただけに、実現できなかったのはとても残念であった。できれていれば、今なお続く、地域イベントになった(コロナ時期は無理だが)に違いない。今思うと、こういう機会もないので、いい経験をさせていただいた、懐かしい話である。人生に攻めていたころの話。40歳中盤になり、小さくまとまった感があるが、「ギラギラ」とした何かを取り戻せるようにしなければと思う、雑感。

強制的に時間を作る

充実した時間の確保と使い方

僕の時間を使い方を考えると、決して効率的な使い方をしている人間でないように思う。もちろん人間生活だから「無駄」という時間も必要だし、休息も必要である。それが正解ということもない。ただし、これだけはしたいとかこれはしなければというものは、いわば「強制的」な時間の作り方をした方がいいと思う。そうは思いつつ、流されるのか、余裕がないのかそれもできないこともある。これができないということは、それほど必要ではないということか。いろいろ考えるが、時間の使い方は再考の時期に来ている。あまり人とも会わないように考えており、おひとりさまのキャリアアップや教養アップの時間が欲しいし、先を見据えた熟考の時間が欲しい。そんなことを思う今日この頃。

10年目の記念日

結婚記念日&母親の誕生日

あえて4月4日にあわせて、入籍したのだが、10年が経過した。いろいろあった10年。感慨深いものである。3人の子宝にも恵まれ、騒がしい毎日。喧嘩もよくしたし、いろんなところにも出かけた。子育てもわけもわからずやりながら、生きてきた。多くの人に支えられ、何とか生きてこれたのも実感した。感謝したい。母親も妻もかけがえのない人だろう。まあコロナになってからは家によくいるので、喧嘩もよくするが、「私がいないと駄目な人」という大きな心で見てほしいと思う。これから新たな10年のスタート。そして、母親も新たな1年。また祝いができるように元気で過ごしていたい。

 

過日のランチ

家族にて

お子様ランチが食べたいという話になって、近所のやさい畑へ。ステーキとハンバーグのお店である。コロナになってから、近所で食事する機会が何かと増えた。めっきり行かなくなったのは、流川・薬研堀である。こうした傾向は、僕に限らずあるのではないか。ちょっと前からランチタイムの有効活用というのは思うことなので、家族に限らず、こういうのもいいかなと思うところだ。それにしても、せわしいので、こうしてゆっくり食事することは少ない。しかし、家族時間は何とか持っていきたい。かけがえのない時間をかけがえのない時間として、共有する。そうありたいと思うからである。ところで、やさい畑。なかなかおいしいと思うので、是非。肉料理なので、やや値段は張るが・・・。

新年度スタート

2021年度スタート

コロナももう1年以上となり、未だ収束は見えない。さらに第4波による拡大もあるだろう。いつまでも停滞している場合ではなく、コロナだからこそこうするといった取り組みや姿勢を進めていく必要がある。2020年度はかなり思考回路も変え、できるだけ前向きに取り組んできたが、2020年度に負けないような「ジャンプアップ」をしていく必要があるだろうと。やはり年度の開幕を考えると、身の引き締まる思いである。大学での講義も始まるとか、これまでと違うこともやっていくようになる。取捨選択しながら、取り組んでみたい。また自粛していた人との交流も少しは戻そうと思う。ただ外食はこれまで通り、そうはしなくなるだろうが・・・。