スキマ

家にも慣れる

出るのも億劫

GW、お盆、正月だけ家で飲むのだが、すぐに横になれることを考えると非常に楽である。ただし、外で味わえる雰囲気や他人と一緒にはならないので、ただ自分が家族を眺め、お酒を飲むだけである。食べ物は外に出るよりはコスト安なので、いいものを食せる。そう考えると、メリットもある。お酒をすごい飲みたいわけではないが。長期休みだけはそうすることにしている。こういうのもたまにはいいが、やはり物価高もあるし、考えもの。では家で飲むようにしようかなと言うと、普段通り出てほしいと言う。ワシはATMかと思いながらも考え方が変わりつつある自分を見た。

久々のバスケ

B1に上がると違う

立ち上げ当初、ドラゴンフライズは縁があって、よく行っていた。スーパーフードでドラゴンフライズのアイスを作ったりもして、販売していたし、何せその頃は弱い。集客も全くダメというときであったが、いまや日本一になるなど、立派なプロチームである。こんなにも観客も入り、広島にもバスケが根付いたなと思うところ。久しぶりに行くと、なかなか面白い。何とか逃げ切ったゲームになったが、緊張感あるゲームで楽しませてくれた。広島のスポーツはたくさんある。恵まれた土地に住んでいるなと思う。ドランゴンフライズしかり、広島をもっと盛り上がっていく2025年に期待したい。

 

休みが長いのは問題ある

金ばかり使う

どうも休みが長いのはよくない。今年は9連休?合間合間に休みを取って、どっか行くと言うのがバランスがいい。活力をそぐし、家ばかりいるのもと思うが、どこか出たいわけでもないとなると困ったもの。食材にかなりお金をつかって、破産しそう。休みだし、やはりいいもの食いたいよねと思うので、買い込むわで悪循環・・・。早く日常に戻りたいな・・・・。

TVを眺めるが・・・

オールドメディア?

正月なので、緩やかな時間を過ごしています。あまりあれこれ考えないように、ダラダラ。それに飽きると、動くと言う感じです。TVを普段見ることがないですが、何とも面白くない。YouTubeに完敗している気もします。そもそもTVが面白くなかったのかというと、それは多分違って、TVをネタに家族団らん、友達とも話せたりしたわけで、内容も劣っているのもあるが、YouTubeなど選択肢が広がっているのもある。なんとTVが寂しくなったなと思いながら、少し眺めている感じです。

年始のご挨拶

2025年開幕

旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。
2年連続の喪中にて、年始の挨拶をご遠慮させていただきました。今年に年賀状終いもする予定にしています。

さて、2025年始まりました。内なる闘志を燃やしております。

荘子の言葉の中に、「君子の交わりは淡きことみずの如し」(「君子之交淡若水」)という一説がある。君子の交際は、水のように淡白であるが、その友情はいつまでも変わらないということという意味であり、あっさりした交わりを指し、あんまりべたべた濃厚濃密に付き合うのは、君子にふさわしくないというのである。君子とは、学識・人格ともにすぐれた、立派な人であるが、この「淡交」という言葉に強く惹かれるのである。

SNSが発達し、そうした浅く薄っぺらい付き合いが現代風なのかもしれないが、濃厚で濃密な関係が強くなりすぎると、トラブルの元にもなる。そう考えると、「淡交」という意味を今更ながら考えるようになりました。

また昨年は静かに暮らし、ひとり時間を作るようにしてきました。過去・現在・未来を対象化し、自分の人生をよりよく考えたつもりです。歳をとる意味を否が応でも向き合うようにはなりました。

今年は人生総攻撃のような「動」的な年になると思います。しかしながら、時間のバランスを考えて構成しようと思います。人とも会いすぎるのもよくない、会わなすぎるのもよくない、「淡交」くらいがちょうどいい温度のような気がします。ほんと「バランス」感覚は大切にしようと考えています。

今年は人生の下克上のスタート元年にします。それ故に、動くがバランス、過度に同じ人ばかり会わないようにしながら、多様な声を聞いて、反芻します。

この数年が僕の人生の勝負、そういう境界に自分の身があることを真に受け止め、今年を始めたいと思います。

重ねて本年もよろしくお願いいたします。

2025年元旦  岸保 宏

 

 

忘年会

しっぽり終わる

今年の12月は体調を崩して、飲もうとも思わなかった。飲むよりも身体がしんどく、日ごろの疲れがどっと出た感じ。最後に近所で鍋をつつきながら、お酒を楽しみました。あれやこれや考えることも多いですが、ひとまず今日で2024年も区切り。まあまあいい年だったように思います。あと少しですが、よいお年をお迎えください。

今年もここで終える

ココロが躍る

どうも市場に行くと、楽しくて仕方ない。ついつい大量に買ってしまうのが行けないが、年末を迎えるに当たり、市場に行かないと今年が終わらない気がするのだ。市場に行くと、大量に買ってくる、魚の処理で家庭はもめるが、それでもここが好きなので、勘弁してほしいと思うのだが・・・・。

苦労の産物

一人一人の物語

農地相続たるものを少し調べようと思って見つけた本である。これから読むので内容はまだ何とも言えないが、目次を見る限り、興味深い感想である。はじがきやあとがきを読んで見ると、苦学を強いられたようである。勉強したいと思っても、勉強できる幸せというのはなかなか感じにくい。なので、努力してこうした成果を世の中に出せて、出されて時間は経過しているが、少なくとも僕には役に立ちそうなので、やはり貢献度は高い。昔の人である。自分の住所を書籍に書いてある。やはり評価を求めているのかとも思うが、僕が何かの論文で書くことがあり、引用したらそれを見てほしいと思う。

 

人生の最終駅

最後に「肯定」するための営為

50歳が近づくにつれ、やはり人生を見直すことばかりである。最後に自分の人生を肯定したい。そう思って、そのことが頭を離れない。可能であるならば、すべてオールリセットをして人生をやり直したいが、そうもいかない。それが自分を苦しめるのだが、あれこれと考えてみても、これまでマイナスばかりである。そのマイナスをプラスに転じたいと努力するが、それまでのマイナスが大きすぎて、なかなかそれを覆うほどにはならない。これも僕の生きてきた性である。当座、数年で判断しないといけないと思うのは、学術研究である。①完全に辞める、②完全に分野を変える、③隣接分野に取り組む。今のところ、②が強い。あんまり今やっていることに執着をしていない。みんな「回収」とかいうが、そんな陳腐な発想をしていないのである。やりたい人にチャンスを与えてほしいし、僕は少しだけ大学教育にかかわることができればそれでいいのだ。常勤なんてまっぴらごめんなのだ。やはり生きる道は②な気がするのだが、どうもまだ迷いがある。迷いはその突き進む内容にあり、今の執着とは違う。何をやれば、最後、「肯定」できるのかということだけなのである。

体調が回復しない

けだるい

熱、インフル、コロナではないし、身体も回復傾向にはあると思うが、とにかくだるい。覇気もない。睡眠もこの2週間、10時間くらいはとっているが、咳が止まらず、体調が芳しくない。夜も出たいと思わないし、人と接するのもおっくうである。電話さえもめんどくさい、lineもNOサンキュー。弱っているなと思うところ。今週末にはそろそろ身体を万全にしたいところだが、意外に時間を要している。加齢もある。今、何よりもこの体調面のことばかりが頭にある。