岸保宏

月曜日の憂鬱

怠け者の特性

月曜日が来ると、仕事に行きたくない。よし!今週も頑張るぞ!って思えばいいんだが、そうではない。出来れば逃げたいと思う。眠るときは死んだように寝てるような気がするが、あっと言う間に朝が来る。加齢のせいかわからないが、前向きではないのかもしれない。もしお金がすごくあったら、仕事はやめるか続けるかという質問。よくあると思うが、僕はやらない。図書館行って、カルチャーセンターとか大学などで学んでなど、違う生き方を選択するだろう。仕事オンリーというのも寂しい人生だと思うし、ちょっと休んでみたい気がする。ただ休んだらもう体が動かない気もする。なんだかんだいいながら、今をやるしかないと思い直し、月曜日。コロナもあるから、暗い話の毎日、とくにそう思うのかもしれない。

どうなるこれから

土曜日の楽しみ

土曜日の朝にいけるときは、草津にある広島中央卸売市場へ行く。家で食べる魚をふんだんに買う。写真は過去のもの(→今回は取り損ねた)であるが、安く新鮮な魚が手に入る。市場に行くようになってから、飲食店へ行きたいと思うことがほとんどなくなってきた。市場の影響だけではなく、緊急事態宣言もあって体が慣れた。わざわざお金をかけて、外で飲むのも誰かと会うのも日中(ランチなど)で事足りするし、オンラインの普及した。市場は季節感も味わえるし、動向もわかる。また子供を連れていくことも多いが、いい体験、いい勉強になると思う。コロナが収まっても、こういう感じになるかもしれない。市場に行くのは眠いが、結構楽しみであるし・・・。まあそういう楽しみ方はコロナがあってからであり、平時は考えなかったであろう。今、市場に行くと、緊急事態宣言を感じる。購買の減少は半端ない。過去にも書いた気がする。一応、あと1週間。まん延防止へ切り替え?もういいのではないかと思うのだが、どうだろう?もう疲弊感半端ないよ。

クラウド会計の進化

時代か老害か

時代はクラウド会計に。たぶん間違いないと思うが、出てきた当初に「これだ!」と思ったが、使い勝手も悪さもあって敬遠した。改めて「クラウド会計」と向き合うと、若い人にはいいのかもしれない。スマホで領収書の処理が容易にできる(これは便利だと思う)、見積・請求・領収⇒会計への連動など、一通り見たが、僕にはやはりやりにくいが、たぶん使いこなせる若者にはやりやすいんだろう。なぜやりやすいのかというと、堅苦しい「会計」という技法をあまり感じさせず(やはり会計なので、当然に全くないわけではないが)、会計処理ができる利点はあると思える。すべてに賛同まではいかないが、時代の流れを感じるシステムである。柔軟に導入ができない中年、つまり僕であるが、老害かもしれない。まだまだわからないことだらけだが、間口を広げる必要もあるのかなと思う。

学食にて

記憶にないほど「昔」

仕事でお世話になっている広島国際学院中学校・高等学校の学食でランチをした。外部の人間が学食を食べるということもないので、いい機会と思い、食した。カレーライス大盛390円。味はまあ普通。元来、学食というところで食べた記憶がない。学校は多く行ったが、学校の構内にいるというのが好きではないという性分なので、食べるときまで学校にいることさえ嫌な人間だ。なので、どこかの「所属」とか「母校」というのがどうも気持ち悪い。まあそんなことを乗り越えて食べてみたわけだが、ある意味新鮮だった。こういう時間もあるもんだなと思ったものだ。あれだけ学校にいろいろ行ったのに、施設利用は少ない方だろう。僕の意識が変わらない限り、それを享受するのは少ないかもしれないが、こういう日もあるもんだということで備忘録としておきたい。

オンライン講義

見えない学生へ

久しぶりに大学の講義をした。オンラインなので、見えない学生へ向けての講義はほんと疲れる。内容も学生にとっては少し難しかったようだが、学生のレベルもわからないこともあって難しい選択だった。また1コマ完結となると、あれもこれも話したいフルコースゼミになることから、詰め込みすぎかもしれない。これからもオンラインは多いのかなと思う。今まで考えてみると、会計学よりも周辺の学問の講義が多い。今日は中山間地域のことであり、ある意味、話せる幅は多い気がする。何事も経験だ、それにしても、異様な疲れがある。年齢もあるのかしらないが、パワーを抜き取られたような感じである。

雑誌記事掲載

動くことで展開は変わる

地上という雑誌に、廣島農人の取り組みが掲載された。農業にまつわるラジオ特集で、広島FMに移籍したときにすぐに連絡をいただいた。世の中がコロナで沈んでいるときに動いていると、目立つものである。そして社会的意義があれば、メディアも取り上げてくれるケースもある。今回のパターンである。批判する人はいるだろうが、批判する評論家ではないし、その人を相手にしている暇はない。実務者・実践者として、示していくことでしかやりようがないのである。少しずつ廣島農人も形になり、新しい展開が出るだろう。いい記事にまとまっているので、読んでいただけると甚大である。

津和野へ

閑散とした観光地

緊急事態宣言中の県またぎも考えることもあるが、こういう時期だからこそ近隣の場所に動くというのもいいだろうと思い、久しぶりに津和野へ。100名城の1つである津和野城跡は、実際初めてであったが、なるほど津和野の街を一望できる場所というのもうなずける。それはそうと、極端に観光客がいない。金曜日は城に訪れた人は0人だったと言う。お土産屋さんに話を聞いても本当に人がいないと嘆いていた。これだけいないと、商売どころではない。前向きに生きようにも滅入るのは必至である。人の移動云々で、コロナ感染が拡大をしないから、GOTOトラベルをやるという政策ではなかったのか。中途半端に政策を実行したおかげの産物で、経済も悪くなっている。早い段階できちんとしてほしかったなと思うだな。津和野の街も久しぶりに歩けて楽しい時間を過ごさせていただいた。

コロナは口腔から

かかりつけの歯科医曰く

春に医学系の雑誌、ネイチャーに掲載されたようであるが、新型コロナは口腔から感染し、増殖するらしい。耳下線、顎下線、舌下線、小唾液腺など。対策は口腔衛生管理、定期健診や唾液分泌促進が必要とのことである。いろんな説があるので、何とも言えないが、唾液で検体をしているので、確かにあるのかもしれない。マスクや手洗いなどは徹底されているので、インフルエンザとかは少なくなっているが、コロナは1年以上世界が苦しんでいるだけに、はやく平時にと思うところである。口腔というのは参考になる話であったので、これから世の中に出てくる説かもしれない。

夢から出た発想

あっ!これだ!

世の中にはあったらいいなって思うけど、意外にそれがないというケースがあると思うが、それがビジネスアイデアとなり、仕事につながることもあるように思う。またはそれらしい(思い描いたものと似てはいるが、若干違うもの)ものの存在があったとしても、認知度が薄いから埋もれていることもあるだろうし、もう一歩、進めば、あるいは補完すれば、いいサービスにつながることもあるだろう。そういうことをずっと考えてもなかなか出てこないもので、ふっとしたときに出てくるものである。珍しく夢の中で発想が出たが、誰に相談すれば、実現するのだろうか、自分だけで解決できないので、考えているのだが、起きてからそのことばかり考えている。単純と言えば単純だが、これがこれからの僕にプラスになるかもしれないし、期待もしてしまうところもある。ただ睡眠中にかなり思考しているのかわからないが、朝から脳が疲れている感じがする。何ともよくわからない一日のスタートになりそうだ。

時代は逆へ

行商へ

今日、TVで飲食店がリアカーを使って、販売に乗り出すニュースを見た。キッチンカーなら300万円のところが、リアカーなら3万円で手軽にはじめられる。待ってていても、商売にならないから動く。そんな姿であった。飲食のお師匠さんがいつも僕に言っていた、「商売の基本は行商だ」と。恰好やプライドではなく、商いをするということを教えられた言葉と行動である。僕も露天商をやって、10年にはなるが、社会的には地位の低い商売(僕はそう思っていない)とみられ、上から周りは言ってくるところがある。軽蔑された視線は十分感じるが、商売の基本がよくわかる。今、コロナになって、馬鹿にしていた人がどう動いているのか。人の向き合い方は関係ないことだが、そう、リアカーを引いて生き抜く、改めて大切であると感じる。自分の嫁をもらうとき、義理の親に「食えなくなったら、行商して食わせます」と言ったことも現実化するかもしれない。リアカーを引っ張り、街へ出る。これは増えるのではないか。