
なるほどそうか
文学に戻ろうかと思いながら、漱石研究書にも目を通し始めた。正直、どの分野に進むのかは決めあぐねている。そう思いながら、明暗を読み直しているので、ちょうどいい研究書を見つけた。腰巻にあるように、愛か金か?終わらない男と女の駆け引きとあるが、この研究書もこの2点に注目しながら「家族」に着目している。ここで着目した論として、漱石には子から見た親とい視点がないといったことが書かれていた。そういえばそうだなと思いながら、新たな知見。女性に話を聞くと、まだまだ違う読みがあるんだろうと思いながら、楽しく読了。

文学研究に戻ろうか
終われば何かを始める。キャリアアップではないが、目標やビジョンを持って前へ進む。そう思うわけである。農業の3部作というのも面白いと思い始めたが、せっかく文学もしっかりやってきた身としては、何か結実させたい気もある。最近、悩み気味である。いままでやってきたことをゼロにすることがもったいないとかいう小さなことは思わないが、人生を楽しむには何が心持がいいのか、そんなことを考えている。

過去を見つめ直す
60歳までに漱石がわかるようになりたい。かつてすべてがわかっていたわけではなかったと思うので、漱石だけはしっかりわかってから死ねればと思い、学び直しを始めた。明暗を皮切りに授業も受け始めたが、とても面白い。ああこうなのか、ああなのかと思いながら、新たな息吹が自分に吹き込む。若い頃と違う感覚と過去のもがいていた自分も思い出しながら、辿り読み。文学部出ていてよかった。生涯で学べるものがあった。これは趣味と言えるのではないかと思う。リスキリングの時代。楽しめる一つが人生に加わった。

どうしても気になる
少しずつ文学の世界へ戻る動きをしている。ちょこちょこは気になると購入するのだが、殊更、そろそろ50歳も近くなったし、自分の本流へと考えている。発刊した当時、買えばよかったのだが、買わなくてたまたま古本で購入できた。漱石のこころの研究の歴史をまとめた書籍である。あまりにも漱石のような有名作家になると、研究の蓄積も膨大でこのような書籍が発刊されるのも理解できるが、それをまとめるのも一苦労である。あらゆる角度から研究の蓄積を辿ると、見えてくるものもある。そんなこんなで少し読んでみようと思うのだ。本はあるときに買わないといけないなと改めて思うものだ。

一度、会ってみたいな~
たまたまネットで見つけた国語教師の吉田裕子さん。会ってみたいなと思う人である。サイトを見ると、カルチャーセンターや予備校や自分自身の教室、執筆などやられているようである。中でもvoicyを使って、10分間教養講座をやっているようであるが、なんといっても声が素晴らしい。聞きやすい。これは大きな強みである。ほんとに国語、日本語といったものが好きなんだなとも伝わるし、面白いなと思い、たまに拝聴することにした。たくさんのことをやっているようだが、ビジネスセンスもあるような気もする。会える機会がどこかでないものだろうかと思うところ。僕より歳も下のようだ。まだまだおじさんも負けてられない。

一葉の世界
お札も変わることで、再び一葉は注目されるに違いない。今年からたまたま放送大学で「樋口一葉の世界」という講義をやるようだから、受講してみる(単位はとらないが)ことにした。テキストを見ても、しっかり整理されている。そもそも学問で最初に学ぶときに、入口を探るときは必ずと言っていいほど、僕は放送大学のテキストを探す。種類も多く、学びやすいし、この大学で学ぶのもすごくいいのではといつも思っている。テキスト代とかはかかるが、テレビ授業にしても、ラジオ授業にしても無料で学べる。放送大学が果たす役割は大きくなるのではないかと思う。教育無償化とかいうが、少子化や教育面での国の考えは明らかに異なるので、たぶん実現しない。お金はない、でも学びたいと思えば、この大学の選択はあるなと思う。年をとって思うことである。
 | 放送大学教育振興会 発売日 : 2023-03-20 |

文学館巡り
上京をすると、よく文学館や美術館などをめぐることが多い。前回の上京のときも漱石記念館に行ったものだ。企画展などがあると、また新しく見えるし、歳を重ねるとまた違う景色に感じる。樋口一葉はお札が変わることもあって、来年は注目されると予想しているので、一足早めに行ってみた。15年前くらいに一度行っているが、大変きれいになっていた。改装をしたようだ。彼女の生き方には非常に興味深く、調べた時期があった。奇跡の14か月というすさまじい執筆活動の裏に、吉原という遊郭のそばで育った特殊な環境もある。そんな彼女の格闘と覚悟を決めた文筆という行為は、僕にはぐさっとささるものである。一葉の記念館も是非、立ち寄ってほしいなと思うものだ。

楽読、楽して読むのではなく、楽しく読む。
漱石再読。文鳥編。それにしてもなかなか進まないが、期限あるものではないので、ゆっくりと。文鳥。早稲田に引っ越してきた漱石が鈴木三重吉にすすめられて、文鳥を買い、2日ほどかまわなくて死んだという話で、昔知っていた女の回想を織り交ぜて、美しいものの死を描いている作品。あまり読むことのない小説ではないかと思う。分量もそうはない。小品。女が漱石に潜む夢としてあり、ここに収集されている夢十夜にある意識ともつながってくる。夢十夜はまた綴るとして、ようやく前期三部作へ読み進めようと思う次第。

文学とは何か。
ほんと進まない漱石再読、文学論。凡そ文学的内容の形式は(F+f)なることを要すと始まる一文が有名である(ちなみにFとは認識すること、fとは認識に伴って生じる情緒であるという)が、文学の内容について、深く考察された論。下巻に「間隔論」と「意識の推移」にかなり興味を持って読んでいた記憶が蘇る。文学論をもし学べるなら、是非、教授いただきたいなと思う。難しいし、深いねと思う。理解にはまだ遠いような気もするが、学びもあったのでひとまずよしとする。少しずつ、読み進める。

東京にて
新潟行きの前泊で東京に1日滞在したわけだが、雨が降りしきる中、散歩した。4年ぶりに漱石記念館を訪ねた。文学館や美術館など好きなのだが、なかなか回ることができない。余裕がないのもある。心を豊かにする営みを継続していくべきだなと思うところだ。漱石再読も牛歩で進めている。漱石の軌跡をたどるのは楽しいことだ。なんとか今年、来年で樋口一葉記念館に再度行ってみたい。