岸保宏

時代は僕らに風を吹かせている

家時間、格闘の頭脳

次なる一手とは何か。コロナ渦中で停滞している今だからできることを模索している。まだ話せないが、9月からは新しいことを始める。自分の聖域をひとまずとっぱらって、ブレーンストーミングを自分自身で。やはりITをどう活用すべきなのというのが焦点になってくるのではないかと考えている。で、動画配信をやはりしていく必要性はあるなと感じている。このブログにしても続けていると話が来ることがある。講演やラジオの依頼があったり、お金のかからない広報ツールである。自分は商品。この商品のブランド化をするというのは大切なことだろう。この数か月は、基本、土日祝日以外はUPするようにしている。ブログを書いていると能動的な頭の働かせ方をしているのではないかと思う。何かを書く。これは好きな営みである。あれやこれや頭脳をフル活用して、新しい価値を創造したい。

 

イベントの申込

秋からは動くのか

今年はコロナで露天商の仕事もない。すべて催事たるものはなかったが、11月の最後に広島大学の学園祭の出店依頼が来た。概ねこの祭りで年の終わりの祭りになる。アイスクリーム中心だから、ギリギリの季節になる。寒いと売れないから。祭りやイベントもオンラインというのもある。東広島の一大イベントの酒まつりもオンライン。30回の記念だから、普通にやりたかったなと思うところだ。それにしてもコロナの終息は見えない。感染者も拡大するし、若干減っているだけで麻痺しているのか、少ないと錯覚さえする。本当にイベントやって大丈夫なのかとも思うし、まずもってお客様が来られるのかというのもある。一度も出れないのもつらいので、出店しようと思う。やはり動いていないといい展開も生まれない。少しずつ稼働していくように。

学会について

学会私論

今年は軒並み、コロナの影響で学会は中止であったり、延期、あるいはオンライン開催などあり方にも変化をしている。できるだけ僕も年に一度は報告をするようにしているが、さすがに去年は博士論文の件もあったし、難しかった。学会もなかなかいけないので絞って、2学会入会しているが、税法もちょっと勉強する必要を感じているので、この度税務の学会にも入会申請をした。そもそも学会は僕は好きではない。茶番をやっているような気がするからだ。何とか大学の○○教授の報告だと、どんなひどい報告でも素晴らしい報告でと胡麻をする。一方、かけだしの分けて研究者や学生には、とことん追いつける人もいる。自分のことは棚に上げて。僕は学閥とか先輩後輩という関係が嫌いなので、そういう場になりそうなら、逃げるようにしている。その中にいると学会の空間も優しいし、心地いいんだろう。しかし、それでもすべてをそう判断するだけの見方でもなく、的確にいいコメントをする人がいる。それはおおよそ学閥や先輩後輩という関係の人ではない。こうしたものは貴重なお話である。そういう謙虚さはあるが、それを加味しても、学会は好きではないのは事実だ。群れるのがいいとは思わない、一兵卒の研究者(もどき)でいたいと思っている。私論につき。

かつての夏

遊び心

もう5年くらい前になる。嫁の実家で流しそうめんをやってくれた。息子が小さかったころで、また大きくなったらやろうという話があったが、開催はされていない。昔は大掛かりにやっていた。BBQにしても、何にしても。家でやるには立派である。お盆中に考えたが、やはりコロナ渦中、家で楽しめることを本気で考えないといけない。遊び心をもって、少し手間でも気分転換になる催し。子供も3人になり、うちもにぎやかだが、外食もだんだん難しくなってきた気がする。生活に潤いをではないが、家での生活スタイルの確立をしていくべきだろうと思う。飲食店のオーナーや料理人など会いたい人も多くいるが、なかなか夜の街のこわさはある。怖いばかり言ってられないが、他人にも迷惑がかかると考えれば、どうしても足が遠のいてしまう。時代は変わってしまった。ステイホーム、どういう時間の使い方をしていくのか、考えていこうと思う。

百万一心

息子が城に興味を持ちだした。城もそうだが、日本史である。とてもいいことである。日本100名城 を回りたいとこと。スタンプが欲しいだけかと思っていたが、そうではない。日本の歴史や人物といったことも調べているようで、頼もしい。子供のうちにすべてを回るのはたぶん難しいから、大人になってからゆっくり回るといい。今回、広島に住んでいながらはじめて参った場所である。毛利元就の墓がある。今回、地元からというのもあったが、地元以上にたぶん密にはならないだろうという予想のもと、動いてみた。予想どおり我々だけであった。毛利元就が郡山城の築城の際に、人柱に代えて一日一力一心の大石を鎮めたという石の拓本を基にした碑であり、礎石に「百万一心」と彫らせ、これは一日一日を、一人一人が力を合せて、心を一つに協同一致して事を行うことを教えたものと言われている。殊更、今、こうした言葉が響く。絆は青臭いのか、今こそ結集し、未来を切り開かないとと思う。息子のおかげで奮起できる契機になったものだ。是非、100名城はチャレンジするといいと思う。

たまには一杯

コロナの最中

繁華街は、3月から行っていない。いろんな人の顔も浮かぶが、やはりコロナで自分だけではなく、自分がかかり人に迷惑をかけてはいけないということもあって、自粛している。夜の街が決して悪いと断定的には思わないが、やはり夜の街での感染は確かに多いのは否定できないので、そうしている。かといって、たまには外で一杯というときもあるので、この頃は住まいの近くのみ食事するなら出かけている。昨日はここ。ピッツェリア みト に寄せていただいた。たまに行く。日本酒好きな僕はあまりワインは好まないが、さすがにイタリアンとかには合わないので、ワインを少し飲む。僕の住まいの町は飲食店はあるが、こういう感じのところはないので、ありがたい。味もしっかりしているので、僕は好きな店だ。普段は居酒屋系統が多いので、こういうのもたまにはいい。それにしても、コロナもあるので、飲食店経営はかなり心配だ。僕も行っても、近所が中心である。自粛した方が確かにいいのだろうけど…。生きにくい世の中になったものだなとしみじみ思ってしまう。無策であるので、感染は広がる一方だろう。パフォーマンスだけじゃあ民意は離れると思うが、どうなんだろう?

初盆

季節は待つもの

父親が亡くなって、初盆を迎えた。お寺も三密を避けるなど感染予防対策もあり、出席者も限ってのものだった。ありがたいもので、初盆だからということで線香を送って下さる方もいた。亡くなったというのは現実である。それにしても、亡くなっても何かといろんなことがあるが、大変なものだ。そしてお金もかかる。墓石からお布施・・、自分の時は子供にかなり負担になるのではないかと推察する。亡くなるというのは避けられないが、少し考えものである。どういう風に捉えることが善なのかわからない。あれこれ思うことはあるが、初盆。親父よ、ゆっくり休んでくれ。

久しぶりの講義

時代はオンライン

コロナ渦の中、大学の講義依頼をいただいた。ありがたいことである。ただし、対面授業ではなく、オンライン講義である。オンラインでもできるだけ学生にも当てるようにした。資格取得などの目的と大学の講義は違うと思っているので、そういうようと取り組んだわけだが、オンラインになると場所を選ばないことになる。つまり、全世界どこでもということになると、広島にいながら東京の大学在籍にという通信制の進化版になろうか、こういう理解もできる。とするならば、居住地から動かず、留学だけを他のところに行くということも可能で、仕送り分をプールしていけば、より豊かに学生生活を送れるかもしれない。住まいを変えて、環境を変えるという素晴らしさは享受できないが、こうした考えもありだろう。今回のオンライン講義は僕自身も勉強になった。これからそういう機会が増えるのかもしれない。時代も変わっていく。こうなると大学がなくなっていくのも時代の流れであろうか。

75年後の朝

平和であること、戦争のない日常

広島に生まれ育った人間として、やはり思いのある今日。コロナ渦で混沌とはしていているが、戦争のない平和な日々を続くこと、特に思う。75年も経過すると、やはり風化してくるものの、語り継ぎ次の世代でも戦争の悲惨をへ伝え、戦争のない世の中にしていく、大切な継承と思う。コロナもあって、世界で戦争があるような気がする。中東でも続いてはいるが、戦争で得たものは何があるのか。敗戦国だからそう思うのか。いろんなことを思う。広島から大切なメッセージをいつまで送り、住みよい世の中になればと本当に思う。

プロの研究者意識

実務家がダメにしている

実務者として、博士号を取得したが、やはりプロの研究者とは違う。それはまずもって、①研究者で生計を成り立たせていない。②キャンパスで育った学者はやはり理論研究など文献学の領域ではかなわない、といった点で違う。①の点がやはり大きいと思っていて、やはり研究者というように自分で言えるというのは全く違う。僕は博士号を持っていても、自分を研究者とは言わない。もどき程度である。大学というところはやはり論文を書きに行くところだと思うので、その訓練をたゆまず続けてきた人。社会人から教育業界に参入する人もいるが、やはりプロではないのだ。そういう点で実務者がどんどん大学にというのは歓迎されているとは僕は思わない。歓迎されていない中、少し大学に係る程度がいいのかもしれない。やはり研究者というように胸を張れるにはまだ僕にも時間がかかる。