雇用はどう?
賃上げが追い付かない。物価高も進む、賃上げもしていこうという風潮だが、大手はいいにしろ、中小零細は会社経営の存続にもかかわる。大手はどうするのか、賃上げはしろと言われるが、退職勧奨は言われない。とすると賃上げをしない、雇用を打ち切る。新規で雇えば、安く雇用できるという悪のスパイラルで進めば、当然に社会はさらに悪くなる。最近は「楽しい」話や「面白い」話をする人は極端に減った気がする。雇用もどうなるんだろうと思いながら、自分のことも深く考える。
賃上げが追い付かない。物価高も進む、賃上げもしていこうという風潮だが、大手はいいにしろ、中小零細は会社経営の存続にもかかわる。大手はどうするのか、賃上げはしろと言われるが、退職勧奨は言われない。とすると賃上げをしない、雇用を打ち切る。新規で雇えば、安く雇用できるという悪のスパイラルで進めば、当然に社会はさらに悪くなる。最近は「楽しい」話や「面白い」話をする人は極端に減った気がする。雇用もどうなるんだろうと思いながら、自分のことも深く考える。
反抗期だかなんだかわからないが、ああ言えばこういう、こう言えばああいうと言ったように、素直にはい!と言えないのかさえ思うが、僕もその類の人間であるので言えないところは確かにある。しかし何というか、僕からすればしょうもうないことで拘り、しまいには怒る羽目になるのなら少しは考えて向き合えばいいのにと思う。子供の向き合い方には少々、悩むところがある。親がすべて正しいとは思わないが、もう少し聞いてもいいのではないかと思うのだが、やはり「甘やかしている」という現実が今の姿になっているんだと反省もする。すごいところまでとは思わないが、自分が思う「まあまあ」、『ほどほど」のところはクリアしてほしいと思うもの。なぜならばやはり可能性はそちらの方が広がるのは間違いなので。多感な時期、難しい年代だなと思う今日この頃。
やっぱりやることを詰め込み過ぎ。今年が時間的に「楽」になると思っていた。これが大きな誤算。だからこれやろう、あれやろうと思い、組み立てたところ、いろんなことが舞い込んでてんやわんや。うまくいかないもんだなと常々思う。この場合、中途半端な状態がとてもよくないので、タスクのダイエットを後期は図ろう。たぶん消化不良になる。いや間違いなく・・・。年齢ももう待ってくれないいい年頃になり、自分の中でステップアップして、「終わり」を迎えたいと思うので、まあ悩みどころだが、これ以上は無理かもしれぬ。再構成を余儀なくするしかなさそうだ。
広島に生まれて育った人間からすれば、8月6日は特別な日である。今、日常で行き来する場所は80年前に焼け野原になった。生き延びた人間からこの世に生まれ、生きる尊さを感じながら、特別な日を過ごす。改めて追悼の意を表します。今、生きている人間としては、当時の人たちからお聞きした話を自分の子供たちにも伝え、平和な世の中を希求する。ロシアなど世界では戦争は繰り広げられているところもあるが、罪のない人々を殺すことは辞めるべきである。この日に思いを捧げ、広島に育った意味を問う。
蕎麦と酒と歌。三拍子の飲みを年に1、2度酌み交わす。楽しい夜ですよ。もともとご縁あった専門学校からのつながりで、分野は違えど、大きくは「農学」。そんなこともあって、いい関係を続けている。一緒に働いてみたいと思う先生で、幻の大学では要職をお願いするつもりで事を進めていた。なかなかお互いが相乗的にジャンプアップはできないが、こうして交流中に何か一緒にできないかと思うもの。それにしても話も尽きず、深夜まで。またゆっくり飲みましょう。
昔、広島大学の図書館で借りた本を中古本で購入した。よくまとまっていて、簡潔な整理であるので、読みやすかった記憶があった。圧縮記帳の論文に関して、どうもひっかかるところもあり、読んでいる。書籍だけは気づいたときに購入するが、読めていない本もたくさんあるが、やっぱり手元に置いておきたい。だからどんどん書籍は増えるのだが、まあね、仕方ないね。それにしても、この書籍はよくまとまっている。修士論文をベースにしているようであるが、緻密に調べて整理されているので、「減価償却」に興味のある方は一読をと思う。
いろんなことがあり、原点に立ち戻る。一時期、稲森和夫氏が主宰する「盛和塾」で経営を学ぶ機会を得た。経営理念をはじめ、多くのことを学んだが、フラッシュバックのように記憶が戻ってきた。自分自身が「純」な気持ちで、物事に向き合っているのか。自分の私利私欲に走っていないのか、本当の願いはという問いかけに対し、「動機善なりや私心なかりしか」というメッセージが強くのしかかる。我に返るときはしっかり帰らないといけないと思い、自分に問いかけて自問自答するが、日常の忙しさにかまけて本質をから離れることもあるのではないか。そんなことを強く思う今日この頃。
ラーメンは比較的すきなので、よく食べに行くが、どうも物価高もあって仕入の見直しが悪い方に進んでいると思う。遭えてラーメンの画像にはしないが、「麺」を変えたんだろうなというのが食べてわかることで、美味いなと思わないラーメンを食すことになる。価格は確かに上がっているが、それと伴うように味を変える(いい方向ならいいが)のはご法度であろうと思うのだが・・・・。端的に言えば、麺とスープの調和が悪いのである。これは食べていてがっかり感満載。スープはあまり変わった感じはしないものの、気になって仕方がない。もちろん従来の「あの味」というものを守り、物価高に伴う価格改定しているところもあるが、そうでない店が多くなってきている気がする。皆さんはどう感じるだろうか。
中小零細の農業経営者には、費用の負担増になるので、一つ頭を抱えるかもしれないが、農業分野の労災義務化は致し方ないと思う。農業従事者の高齢化は進む、とりわけ農業分野の死亡事故が多いなど、背景を考えても、従業員の数で縛られるのもどうか。これは現実的な対応になろうかと思う。どうも記事を読んで見ると、社会保険労務士が農業における労災加入の推進に取り組んでいたようで、悲願とも言う。労働安全からもこの点は必要だろうし、今ならば熱中症での死者も出ている。冒頭に述べたように、経営者の負担が増え、専門家への費用など何らかの手当は考えなければならないかもしれないけどねと思うところ。
自分の中で「これとこれとこれ」をやったら、終わるんだということが見え始めた。博士を取って、大学に就職してというのが王道の人は多いだろうが、そこが僕のゴールではない。あくまで自分に課した基準で未来へ向かうことだけに執着し、それ以外は排除する。それで僕は満足なのである。納得ではない。もう少し自分が若ければ考え方は違うのだろうが、今はそう。そのゴールにたどり着いたら、スパッと学術研究も辞める。潔く。そう考えると、60歳までには終えて、次のステージに進みたいもの。たぶん周りとは違うのだろうと思う。学者の人は学会好きのようだが、僕は嫌いである。なので終えたらすべて辞める。そうなるとたぶん僕は僕に褒めてあげられるステージに自分が成長したんだろうと思っている。
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