
接しない
この前、雑談をしていたが、若い頃に接した同級生との向き合い方。僕は前にも何度も書いたことあるが、その人の成功も失敗も見たくないので、会わない、交流しないというのが僕。数人は交流するが、その数人で十分。これ以上はもういい。懐かしくて、会いたいという感情も全くない。気を使うだけで、ノーサンキューなのだ。話したその人はかつての同級生には会ってみたいようであったが、昔、好きだった女性は見たらがっかりしたというのもあったそうだ。それでもらしい。人それぞれ、僕は肯定も否定もしないが、僕は絶対に会わない。誰に言われても。

どこで見つけてくるのかは知らないが・・・
今年の夏休みはあちこち目まぐるしいように動いたが、地元でも行きやすいイベントがあったようで、たまたま娘が見つけてきた。9月7日が最後でさかのぼると、7月18日から開催していたようだから、夏休みには行けたのだろうが、今年は「万博」。これがメインとなっていたので、広島のイベントは盲目的。さらに言えば、他にもいろいろあってそれどころではなかったのである。行ってみると、モルカーというキャラクターで、モルモットが車になったものでテレビ放映もされていたものがコラボイベントで登場というものであった。近くならすぐに行けるが、よく見つけてくれるなと思うところ。最後の最後で行けてよかったのではないかな。

条件不利地域の今
やはり農業で言えば、中山間地域が僕の領域になる。都市農業も北海道のような大規模農業も今、一歩わからない。どうしても集落というところに機軸を置いて、農業をみている。それは広島で暮らしていることは多分にあるし、かかわる方々もそうであるからである。今回、日本農業新聞の記事、無人化集落は予想より進まず、外部人材が支えているとのことである。しかし見る限りは高齢化も進み、担い手はどんどん減っているとしか思えない。そんな話をどの集落もする。農業のゆくえはどうなるのか?想定より加速していないということに一喜一憂はできないのである。

林業はよくわからない
仕事で林業の話が少しあって、知識をインプットするために高校の教科書を購入した。高校の教科書はほんとよくできていて、内容と質ともに充実している。会計学を教えていたころも何個か教科書を手に入れて、講義に役立てたものだ。実際、大学生の初学の学生に対して教えるにしてもほんとは高校の教科書を使いたい。それくらいコンパクトであるが、中身の濃さに感服する。で、林業。農林漁業といっても「林業」は自分の中から程遠い。だから全部はわからなくてもいいから幅広い知識は欲しいもの。残念なのは今、本を読んだりする時間が極端にない。これは悩みの種なのである。

キティちゃんイベント
キティちゃんの50周年に際し、「ハローキティ展」。東京、沖縄と終え、福岡へ。ドラえもん展をみたときにたぶんこれはいい催事であると予想。女の子には大人気にキティーちゃんだから、娘も喜ぶに違いないと思い、レッツゴー!期待通りの催事であった。大人気が故、長蛇の列。すごかったな・・・。一回、行ってみるといいと思う、お勧め。娘がいなければ、行くことはなかったろうに。それと同時にいつまで一緒に遊んでくれるのだろうかと思いながら、もう少し「子供」でいてほしいと願ったものである。

箱が開くまで
夏の参議院選挙も今日が最終日。あとは結果を待つのみということになろうが、与党にはかなり厳しい情勢報道がされている。今回、劇的な結果になるのではないかと個人的には予想しているが、日本の政治が一度、転換するのではないかと思っている。ああでもこうでもないと思うが、是非、投票には行ってほしいと思う。自分の思う人を選べばいいのだが、やはり棄権は避けたいね。それにしても暑い日が続き、候補者も大変。昔、候補者であったので、しんどさはよくわかります。最後まで精いっぱい頑張って、有権者に伝えてほしいと思います。さあどうなるますかね・・・。

こういうことも考えられるのか
廃棄トマトを利用して、釣銭トレーへ。こういうこともできるのかと感心した。食品ロスを削減し、脱プラスチックへという流れ。いい考えである。ただし商品が売れるかどうかは別の問題でですべてがオールオッケーにはならないだろうが、やはりこういう取り組みが少しずつ広がり、新しいアイデアとともに価値を作る。面白いなと思ったものだ。SDGSの流れを考えても時代には添う。JA横浜で販売しているようだが、実物をみてみたいと興味津々なのである。記事を読んで見てほしい。

備蓄米!
母親と買い物に行ったときにはじめて遭遇、「備蓄米」である。令和3年度産である。4年前のコメであるが、どんな味がするんだろう?興味津々であるが、こんなにはいらない。これからあっと言う間になくなるのかわからないけど、値段は手の出しやすい価格。コメは主食なのでと思うが、これは臨時対応。今後をするのか、長い目の「農業政策」を考えてしまう。

店頭にて
何年前の写真だろうか。懐かしい写真が出てきた。百貨店で催事である。百貨店の催事に出ると、折込チラシも多く配られるし、運良ければTVもあったことから、積極的に参加していた。百貨店の力がなくなってきている頃であったが、それでもまだ百貨店神話もあったのだ。ここでいろんなことは学んだ。店頭に立つとよくわかるもので、商品の良しあしはやはりお客様の声であることをまざまざと見せつけられるのである。こうした経験は今なお、自分に活きているが、朝10時から夜の8時までの長時間はやはりしんどかった。特に7時から何てお客様は来ないし、閑散の中、時間を浪費しただけでほんと長く感じたもの。こういう時期もあった、若い頃。

昔話で酒を酌み交わす
僕の人生の中でも、露天商を少しやれたことは大きかった。アイスクリーム屋を経営し、店外販促で露店へ出る、百貨店へ出店するなど、いい経験の何物でない。論点章で一緒に汗を流したカタのお店に久々に生き、近況を聞く。飲食も物価高が進み、経営環境は変わっているし、やはりコロナは大きい。いろんなことが変わった。そんな中、何とかこうにかでも頑張って営業を続けて、ご活躍をされているのは頭が下がる。懐かしい話を少しして、「あの頃」を思い出す。露天商の話はいろいろある。やってみないとわからないだろう。露天商の楽しさ、醍醐味を知ると、正直、祭りは身体がうずくが、今はその機会がない。その点は寂しいかな。